最後の水注入

 失われた左のおっぱいは今再建の途中;つまり「工事中につきご迷惑をおかけします。ご協力ありがとうございます」という頭を下げたヘルメットのオジサンのステッカーがあったら貼っておきたい、という状態であることは、前にも書きました。

 おととい、この工事中の胸の中に入っているエキスパンダー(要するに皮膚を伸ばしてふくらみを包む余裕を作るための器具)に、最後の生理的食塩水が注入されました。

 これでね、来月はもういよいよシリコンバッグに替える手術を受けるのです。伸ばす過程は終わり。

エキスパンダーには弁のようなものがついていて、そこに注射器の針を刺して、水を足していく事ができるようになっています。
 それで、今まで月に一度クリニックに通って、40ccとか30ccずつ、根気よーく根気よーく足してもらっていたわけです。

 皮膚の下のエキスパンダーのボリュームが増えるにしたがって、皮膚は押されて伸びてくる。今まで8ヶ月かかって皮膚の面積を増やしてきたのですね。
 まあ、妊娠で腹の皮がパンパンに張って伸びてくるのと同じ理屈です。(期間も似たようなもん)
 そういえば妊娠中、授乳中は胸もメロンみたいになっていたな。

 「えーと、これで全部でどのぐらい水が入ったのですか?」
 計算に弱いあたしはスタッフの人に尋ねます。

「今日入れる30ccを足して全部で400ccですね」
足りてますか?まだ1.5倍ってほどにはなっていないような・・・」

 つい不安になって聞いてしまいます。
 健康な側のおっぱいの1.5倍の大きさまで膨らます、と聞いていたからです。
 だけどエキスパンダーは、健側と同じように、Dカップのブラジャーにおさまっており、別に窮屈そうでもございませんのでね。 

 手術してる時、皮膚が足りなくなってしまったらどうするんだろう?余っているなら切ればいいだろうが・・・・。あ、いや、あたしなんかお裁縫が苦手だったから、ぬいぐるみを作る時失敗して切っていって、だんだん人形のサイズが小さく・・・・あああああ、なんてこと考えているんだ、あたしゃ。

 スタッフのおねえさんはあくまで優しく、不安をぬぐおうとしてくださいます。
「中に入っているバッグは300cc用のものなんです。一応1.5倍まで水を入れても大丈夫ということになっているんですが、400cc入っていれば優秀な方ですよ

 はあ。優秀?450入る器具だけど400まで入ってれば上等ってことですか。中学校の成績で言えば5じゃないけど4ぐらいってことですかね?

 皮膚の伸び方には個人差があるそうで、伸び方が遅い場合もあるのだそうです。

 このエキスパンダーは、乳ガンの手術と同時に入れてもらいました。その時点で、あらかじめ100ccのお水が入っていました。

 病院で入れるお水は確認のためにブルーに着色してあるんだそうです。その後形成のクリニックで足してゆく水は無色です。
 最初に次の水を足すときに、注射器にわずかにブルーの色が逆流してきたのを、確かにあたしも見ました。

 最初のうちはまだ余裕がありますんで、多めに注入していたように思います。
 それが回を追うごとにだんだんきつきつになってきますので、最後が30cc。
 クリニックにバトンタッチしてから合計300cc入れて、都合400ccという計算になります。

「もしも2、3日して苦しいようだったらいらしてください。少し水を抜いても大丈夫ですから」
 と、言ってもらいました。

 水を入れている最中は、皮膚が膨らんだ風船みたいに薄く張ってくるのがわかります。ちょっと痛みがあることもあります。皮膚も、肺の側も押されるような感じがするのですね。
 もしも呼吸が苦しいほどなら無理しすぎ、ということです。
 
 ちょっと質は違うけど、水を入れて張ってくる感覚は、授乳をしているお母さんの胸が、赤ちゃんの泣き声を聞いて反応した時みたいな感じです。
 だけど皮膚の感覚はないので、(熱とかくすぐったさも感じない)すごーくヘンな感じ。  

 あとね、腕を高く上げると、余裕がないので、きつすぎるシャツを着ている時を思い出します。
 それからくしゃみをすると響く。一瞬痛い。これは経験しないとわからないだろうな。

 バッグは水がいっぱいいっぱいに入っているので、今はこちこちに固いです。固くて高さがあり、前に攻撃的に突き出ています
 娘はあたしがお風呂に入る時にそれを見て、「絶対こっちのほうがかっこいい」などと申します。

 ふん。どういう美意識じゃ。やわらかく垂れ気味のやつのほうが胸としてえらいんだよ!などと言いそうになるけれど、せっかく作られつつあるNEWおっぱいの方も気の毒なので言いません。

 このふくらみは走っても跳ねてもゆさゆさ揺れることはなく、ぴしっと胸にはりついています。
 これが、コヒーシブシリコンに変われば、少しはふるーんとした柔らかさになるのでしょうか?
 先生は「ぷりっとする」とおっしゃっていたから、ふるーん、とは行かないのでしょうが、それでも柔らかさがあるだけでずいぶん気持ちが落ち着くのではないかと思われます。

 今はねー。電車の中でだれかの肘がぶつかったりすると、「あー、今の人、びっくりしたろうな固くて」などと思います。
 以前だったらね、ぶつかってふるーんとなれば、「あー、今の人、わざとじゃないだろうが、”得した”と思ったにちがいない」などと思っていたのですがね。

 つづく。