闘病と闘ドジ 2

 いやなことを考えたくない、要するに病気のことをわすれていたい、という心理から来る”選択的もの忘れ”ってのは、実は今でも続いているのですが(それでよくこんなものを書いてるな、と我ながら感心する)、そのほかにも物理的にドジ気味になる時期がありました。

 化学療法・・・つまり抗癌剤を入れている期間です。
 ひどかったわー。

 これは、きっと人によって違うんだろうと思うんですが、あたしの場合注意力が非常に散漫になっていました。
 買い物忘れる
 頼まれごと忘れる
 どっかに何か置き忘れる
 落っことしても気がつかない

 気持ち悪いだけじゃなくて、いつもぼーっとしていて。

 要するに、アテンションスパンが極端に短くなるのですね。
 ひとつのことを集中してやれないので、何度も何度も中断しながらでないと、メール一つ書けないのです。

 携帯メールなんかの入力は面倒で、結構なストレスがかかるので、”大仕事!”みたいに感じられるのですよ。
 普通の人には想像できないでしょ?たぶん。
 携帯を手に持ちながら、何度気絶(要するにふっと眠りに入ってしまう)していたことか!

 携帯メールひとつ一息で打てないってのは結構な自己嫌悪を呼びます。
 本なんか1ページも読めないし。
も、もしやこのままボケきってしまうんじゃないんだろうか?」と、冷たい汗と不安が体をなでてゆきます。

 注意力だけでなくて、視力も落ちていました。
 涙の分泌が悪くなっているのか、どうも目に霞がかかるのです。

 それで、仕事のイラストに指示された書き文字などを、見間違える、書き間違える、ひどい場合は書き忘れる、といったことが何度かありました。
 郵便局で自分の住所書くんでも、失敗したり・・・。ぐあーん。

 誤字を書いたりすると、ふだんでもすごく落ち込みますが、このときはとりわけいやーな気持ちになりました。  このまま何にもできない人になってしまうんじゃないのかしら、などと妄想しちゃうのね。
 脳みそどろどろ溶けちゃっているんじゃないの?とか。

 抗癌剤治療中にドクターに「副作用のほうはどうですか?」と質問されたので、あたしは一通りの不快感について述べた後、「すごくドジになってるんですけどもー」と言ってみました。

 まあ、ドクターとしては白血球が減ってしまっているために、抵抗力が落ちて感染症にやられてないか、とか、そういうことのチェックのために質問しているんでしょうが。

 「ああ、それあるみたいですよ。どうもポカをやるんですよね
と、ドクターは言いました。

 あー、あたしだけじゃなかったか
 珍しい事でもなかったんだ。
 みんなやるんだ、ドジ。
 
 少し安心しました。
 
 これ、間違いが起きると危険なお仕事などだったら、「少し安心」とか言ってられないですけどもね。
 危険物を扱うお仕事とか。子供を預かる仕事とか。
 人の命を預かるドクターなんかも、困るんじゃないかしら?
 一日中運転する人とか。
 危険危険。

 あたしはそれまで毎夏、英語教室のサマーキャンプの引率をしていたんです。子供に英語を教えていたんで。
 だけどそんなわけで、この夏はそれをあきらめました。

 小さい子供たちを泳がせたりバーベキューやキャンプファイヤーをしたり、という時には、やっぱり細かい注意力が必要です。バスに乗せて山中湖まで連れて行くだけでも緊張します。
 
 もともと英語は間違いを気にしない”ブロークン育ち”で、それを努力でねじ伏せて先生に”化けて”いたので、英語をしゃべる時はそれらのお間違いも復活していたように思います。
 注意力が落ちると、克服したはずの欠点が、あらわになって来るのです。

 『マイ・フェア・レディ』が抗癌治療したら、その間は”訛り”が復活するに違いないわ。