診断がつく

 一週間後、診断結果を聞きに行きました。
 で。ここでガンだということが、はっきりわかったのです
 
 もうだいたいそうだろうな、と思っていたので「うー、やっぱりそうか。残念だ」というほどの感慨でありました。

 硬ガンという、かなりありふれたガンで、大小ふたつのしこりは、全く同じもの。”娘細胞”というんだそうです。

 親子だったのね。息子じゃなくて娘っていうのか。何で女なんだ・・・、おっぱいだから?

 「両方とも表面に近いです。一緒にあわせても3センチ。温存でいけるケースじゃないでしょうか」と、ドクターは言いました。

 そうなのよ。この時点では温存療法の適応・・・要するに悪いところだけ切り取って、乳房のふくらみはなるべく残すことが可能・・・という見通しだったわけなのよね。

 それが全部切り取る判断に変わるまでは、もういくつかの段階をくぐることになるんだけど・・・・実は手術をする前にもっとよく調べたら、腫瘍がこの他にもまだあったのです。
 奥の方にもあったのだけれど、この時にはまだ見つかっていなかったの

 なぜこの時点でわからなかったかというと、ちょうどMRIにも超音波にも映りにくいような場所にあったことと、しかもこの時MRIを撮りなおしてなかったからだ、とあたしは思っています。

 手術をする病院でもう一度撮ってわかったので、手順としてはそれでよかったのですが、患者にとって問題になるのは、検査しても「一度ではみつからないものが数々ある」という、この現実じゃないでしょうか?
 
 だって、もしも最初の病院で手術に踏み切った場合は、これらのことがまるでわかってないまま手術になるってことになるわけで。


 この日もドクターはゆっくりいっぱい話をしてくれました。

 印象に残っているのは検査や治療が病院や医師によってばらばらであるという、乳ガン治療の現状に関するものです。

 例えば、最初の病院で言っていた、「とりあえずしこりを切り取ってみて、ガンだったらその場で手術を拡大する」という術式は、判断の間違いも起きやすく、患者の利益にならないので今はあまり行われていないのだそうです。

 逆に、10年前ぐらいにはけっこうあった、ということでもあります。
 つまり病院の知識や方針が、「古い」ために出てきた話だったのね。

 現状では、最新の技術と施設と体勢が整っている病院でないと「やらない」ことになっている、というか知識が進んで「おいそれとできない」ことがわかった『術中診断』を、昔はいろんな病院でやっていた、ということです。

 病理検査の精度があがって肉眼で見て判断する以上のことがわかるようになったことと関係があるのかもしれません。
 全くややこしい話です。

 病理検査にしても、「よくわからない場合、とリあえずクラス3にしておく、というのも多い」などと言います。
 あたしが持ってきたプレパラートにあった細胞も同じものだったそうですが、見る人が変わると診断も変わり・・・。

 「専門家、専門家と威張るわけではありませんが」と、ドクターは難しい顔をしながら、現状を憂いていました。  
 なかなか専門家でないと、勉強が追いつかない部分がある。だけど乳腺を専門にする医者の数は、乳ガンが激増するスピードに追いつかず、全く足りないのだそうです。

 首都圏にいますから選択肢があって、あたしはあまり感じないけれども、全国的に考えれば医者を選ぶことだって大変難しい現状があるわけです。

 乳腺の専門家にとっても、乳ガンは微妙な、難しい病気なのに、そういう認識も広まっていないのかもしれません。

 ドクターが「やればやるほど、難しい。乳ガンはホントに難しいと思うんですけどね」と言うのを聞いて、あたしはこの人の正義感あふれるメールの文面を思い出していました。

 医者は他の医者の”悪口”は通常決して決して口にしませんので、あたしは先生の代りにこう言ってみました。

 「難しいのだけれど、医者がそう思っていないことがあるんですね?外科の先生は自信があって、”誰でもおっぱいぐらい切れるわい”と思っている?」

 先生は黙ってうなずきました。

 ああ、だとしたら、自信満々に見える医者に安心してはいけないのかも知れない。
 だけど素人には謙虚と自信がないのの区別、自信過剰と有能の区別が見えないことがあるよね。

 もっとつつけばひどい医者とか、無知な医者とか、いいかげんな医者の話がいっぱい聞けそうな感じがしたけど、そういう”取材”はとリあえずひっこめました。

 それより自分のこと考えないといけないし。

 あんまり誘導尋問するとと先生がオフレコ発言の出しすぎで自己嫌悪になっちゃうかもしれない、などと思い。(笑)

 つづく。