さて。もはやこの医者に手術などの治療をしてもらうことは100パーセントないな、検査だけだな、と決心した上で、あたしは細胞の検査の結果を聞きに、再び近所のチャリンコ圏内の病院を訪れました。
1万円も払ったMRI検査の画像とか、マンモグラフィの画像とか、そういうのを借りて次の病院に持って行くつもりですから、最後までちゃんと礼儀は通した態度・・・要するに質問しまくり、で通します。
「検査結果が出ました」とドクターは言いました。
「どうなんですか?」
「クラス3ですね。悪性であるとも、良性であるとも言えない、という結果です」
「そのクラスというのは何段階あるのですか?」
「5段階です。クラス4、5、になると完全に悪性、ということになります」
「どちらとも言えない、ということですね?」
針刺してみても、ガンであるという確証は得られなかったわけです。痛い思いしたのに。
しかし、確証がないからって喜んでいいようにも思えず。
ええと。MRIの画像はしこりの輪郭がぎざぎざしていて、よくない所見なわけだよね?
あたしはそれを思い出して、「MRIは思わしくない、とおっしゃいましたよね?」と確かめました。
医者はうなずきます。
あたしはこの時点で48歳です。40代後半というのは乳ガンが多くなる年齢です。
初潮は早くて、小学校3年生。これもリスクにカウントされます。
出産は一回して、授乳もばっちりしているけど、高齢出産。乳腺症の既往症もあります。今しこりがあるのと同じ場所です。
家族、親戚には乳ガン以外のガン患者がそれなりの数いて、あんまり「私関係ないわー」と言えるような体質とも思えません。
これで細胞診がグレーゾーンなら、相当あやしいほうの部類じゃないか。だって「絶対大丈夫です」っていう診断でもないんだから。
医者は無表情です。何の手がかりも読み取れない顔です。
そりゃ、ガンじゃないならそのほうがうれしいけど、「わかんない」ってだけじゃ、身動きが取れません。
「これではっきりしないってことは、もう一段太い針ってのを刺して組織を取るわけですか?」あたしは聞きました。
といっても、この病院ではイヤだな。もう怖いから、と思いながら。
「普通はそうします。あとは、しこりをとりあえず切り取ってみる、という方法もあります」と彼は言いました。
「その場合は入院して?」
「そうです。だけど、切る回数はなるべく少なくしたい。切る事でガンがちらばることがあるからです」
何?それじゃおいそれと切れないじゃないか?
ドクターはそれからこういいました。
「腫瘍はなるべく刺激したくないのです。ですから、切ってみて、ガンであることがわかったら、その場で診断して、手術を拡大するということもできます」
誤解のないようにあらかじめ書いておきますが、このドクターが言っている事は、かなり実情とずれていて、へんなのです。
手術中に切り取った患部を分析して、「ガンだった場合」と「そうでなかった場合」の手術方法や範囲を変える”術中迅速診断”という方法は、ものすごくいろんな条件が揃った病院でないとできない技らしいのですが、この病院はそんなレベルの病院ではなかったのです。
乳腺の専門家もいない。
乳腺の専門家だけでなく、手術中にそういう大事な診断をするには、その手術の当日スタンバイしている病理検査の専門家も必要だし、最新の施設や技術が必要で、何よりも麻酔がかかったままの状態で手術方針が決められるという条件に同意する、患者からの絶対的な信頼も必要です。
そういう何だかたいそうなことができるかのように、このドクターはしゃべった、ということになります。いや、そういうことをできる病院もあるよ、と言う意味だったのでしょうか?
あたしはその時点では知識が足りず、彼が言っている事のどこがヘンで、どこまではリーズナブルなのか、判断する事ができませんでした。
だけどヘンなことがいっぱい混ざっていそうだぞ、と構えていました。
「今後どうするか、家族とも相談してきます。どこかでセカンドオピニオンをもらう場合、資料は貸していただけるんですよね?」
「貸し出します。紹介状も用意します。乳ガンはとてもゆっくり成長するものなので、あせることはありません。しこりは1.5センチぐらいです。2センチまでは初期ガンということになります」
「ゆっくり、じゃない場合もありますか?」
「あります。数は少ないですが」
あるんじゃないかよ!あたしがそれじゃないって保証はないじゃんよ。
「じゃあ、しこりが短期間に急に大きくなるような場合は・・・」
「悪いサインですね」
「だけど今のところわからない、と。皆さんこういう時どうするんでしょうね?」
「本人の納得のいくようにするのがいいですね。このまま、1年ぐらい様子を見るという方もいるし・・・」
はあ?
ホントにそういうもんなの?
グレーゾーンだと言われて、グレーなんだから、きっとシロだわ、シロだってことにして、しばらく様子をみていよう、なんてことをするのかね?
病院に来た時点で、早期発見のチャンスかも知れないのに?
このドクターはこの時はじめて少し笑顔をみせました。
その、一年間をあけたのんびりした患者さんのことを思い出したのかしら?
あたしが半ば「もうガンに決まってる」みたいな顔をしているから、リラックスさせようとしてくれたのかしら?
だけどあたしはとにかく、もっとはっきりした結果をつかまなきゃ、と思っていました。