手術
前回「そもそもカプセルってなんなのさ?」という話の続き。
で。破かれて(切られて?というか裂かれて?)下側をあけてもらったカプセルは、その裂け目にバッグを落とし込んでもらえば、そのうちまたそこにつながるように形成されて、うまいことバッグ全体を包み込むようになるのだそうです。
ふーしーぎー。
体の中のことですから、見えないけども、そういう体の仕組みにお任せするのですね。異物はすべからく包まれるわけです。
もう一つ気になることがあります。
いわゆる『カプセル拘縮』についてです。拘縮したカプセルってどんなものなのかしら?
前回、バッグを入れ替えたあと、抜糸をして、その後1ヶ月については、「お風呂に入って暖めて、このように強くマッサージしてください」と言われ、上から揉みほぐしたり、基底部を動かしたり、というマッサージの指導を受けたのです。
やや痛いってぐらいの、強いマッサージでした。
だけど今回は「あまり強くしないで。上から押すようにしてください」という風に変わりました。
指導をしてくれるのは、前回同様、院長先生ではなかったのですが、あたしのケースを全部わかっているわけです。当たり前だけど。
「上を何箇所か糸で留めてありますので、あまり強くバッグを動かすと糸が切れてしまうこともあります。そうなるとまた動きやすくなってしまいますから」
そうか。切れることもあるのね。しつけ糸みたいに?
いよいよ修正後のおっぱいとご対面。といっても、その時は上から見たわけですが・・・・・。自分の胸って上からしか見えないから。
最初に思ったのは、「あ、ぽっこりが消えてる!」でした。
上のほう、鎖骨の下でいきなり膨らんでいたのがなくなり、なだらかな稜線に変わっています。それが下に向かって膨らんでゆき、そしてまあるい曲線を描いてウエストの上部で止まっているわけです。
うまく収まって、そうよそうよ、これが正しい胸の形だわよ、というたたずまいになっています。
内出血も、前の時より少ないのか、表面の皮膚もあまり驚くような色にはなっていません。
”バッグくるりん手術”(前のエントリー『くるりん手術報告』参照)のあと、ドクターから新しい注意事項を説明された話のつづき。
あたしはバッグが動いた”前科”があるから、手術側の腕をなるべく上げないように、ということでした。
「それでは、左腕は肩から上には上げないようにするんですね」あたしはききました。
「そうです。1ヶ月は気をつけてもらいませんと。1ヶ月すればおちついて、動きにくくなります」
え?え?1ヶ月?・・・・ということは、抜糸後も3週間は左腕上げちゃいけないってこと?
長い!
「日常生活でも、洗濯ものをこう、両腕を上げて干したりとか、そういう動作はなるべくしないでください」
10月25日に抜糸してきました。
抜糸は手術の一週間後にスケジュールされます。
縫った傷というのは一週間でだいたいくっつくものらしい。
抜糸までの間は、例によってお風呂には入れません。下半身のシャワーだけ。半身浴も、血行がよくなりすぎるし、上半身の絆創膏の下まで汗かいちゃうから禁止です。
汗、禁止なの。なるべく禁止。
それが、涼しくなるまで手術を待ってもらった理由でもあったのですが、ホルモン剤の影響で、ホットフラッシュによる「いきなり汗ぶわー」みたいな現象もありますから、ただでさえ、なかなか涼しい顔をしていられません。
カレーやキムチなど辛いものなどは、血行がよくなって、傷があるときには出血の原因になるので、控えるように、お酒も同じ理由で一週間は禁止・・・・と、ここまでは、先回と全く同じで、いわばおなじみの注意事項でした。
しかししかし。今回はこれに、特別の注意事項がプラスになったの。
日帰り手術の日、麻酔が醒めて、いよいよ帰る前に、今一度ドクターとの面接があります。
ドクターは言いました。
10月18日に、形成のクリニックで、シリコンバッグの位置を直す手術を受けてきました。バッグがさかさまに回ってしまって、厚みのあるところが上に来ちゃってたのを、本来の位置に戻すためにまた再び切ったのです。
誰が呼んだか”くるりん手術”。(自分だ。たぶん自分が呼んだんだ。だから広まったのに違いない。みんなに言われるんだもん。くるりん手術はどうでしたか?って)
抜糸はまだなので、くるりんが上手に行われているかどうかはまだわかりません。
日帰りだったけど、また前の時みたいに帰りの電車の中で昏倒したりするといけないので、(去年の日記『日帰り手術は甘くなかった』参照)夫が「近くのホテルを予約しておきなさい」と提案してくれまして。
お言葉に甘えて泊まってきました。
しかも夫には手術後迎えに来てもらって、ホテルまで(徒歩10分ぐらい・・・・が、そろりそろりとしか歩けなくなってたから15分以上かかったけど)送ってもらいました。チェックイン(午後1時)まで時間がまだあったから30分ぐらい喫茶店に付き合ってもらって。
「ここで倒れたら先生に知らせてねー」とか言ってね。
さて。来週、バッグの位置を修正する手術をすることになっているので、また体の色々に気を配っております。
相変わらず秘密兵器(スポンジドーナツ)で保護してある移植乳首は、その後なんだかますます色が薄くなっているように思います。
それに乳首の一番高いところが、またちょっとあいまいになっているのでは・・・・?と思ってよく見たら、皮膚が腫れているのでした。
そのこととは別に、実際にバッグが回ってしまった状態で乳首の移植手術を受けて、その後「乳首の位置が合っていないのではないか?」と質問するまでバッグが回っていることを告げられなかったのは、あまりいいことではないとあたしは思っています。
もしもこれがだれも気が付かないほどのトラブルであるのなら(実際服の上からではバッグの問題は誰にもわからないでしょう)修正することを含み済みで乳首の位置を定めるのもおかしな話、ということになります。
バッグを動かさないのだったら、乳首の位置を最初から正しくつけちゃう、その方がバッグの位置の問題も目立たないから、という選択肢も”アリ”なんじゃないかと思うわけです。
質問してみないと知らされないことというのは山のようにあります。
それから、トラブルが起きた人以外は結局知らないで終わっちゃう(知らないほうがいいかもしれないんだけど)リスクというのも、あるわけです。
再建のために入れたシリコンバッグが、正しい位置に収まらず、入れた後に動いて上下がさかさまになってしまう、という・・・・あたしが今見舞われているトラブルですけども、・・・・それも、こういうことになったから対処しているだけで、こういうことにならなかったら、そんなの関係ねー、の世界なのかもしれません。
さあて。過去の”お絵かきつき手術入院”のことはまたあとで書くとして、9月19日に形成のクリニックで血液検査を受けてきたので、その覚書き。
血液を取るのは、決まりになっているようです。
また体を切るわけだから、血液がちゃんと固まるかとか(そうじゃないと血がどばどば出て死んじゃうもんね)、血液型、白血球赤血球の数、肝機能、血糖値、その他を検査をしなきゃいけないのね。
そのために30ccだか採血。例によって血管が細く、奥にあって脈がみつからないもんだから、腕の2箇所に穴があきます。(だいたいいつもそんなもん)
そのほかに全身麻酔に備えてアレルギーや持病や服用中のクスリについてのお決まりの問診表をfill outして。
これに加えてカウンセリングルームで次回のシリコンバッグの位置を直す手術について説明を聞く、というコースになります。
これはドクターじゃなくて、スタッフ(看護婦さん)が受け持つのですが、その場で答えられない複雑な質問などはドクターにも知らせてくれますから、質問の回答が得られなくて最後まで不安、ってことはあんまりありません。

入院中に展覧会の準備を始めた、って話のつづき。
入院中、というのは、一日に1回とか2回とか、執刀医が様子を見に来てくれます。(だいたい足早にやってきてばたばた帰って行く、という・・・いつも忙しそうな感じでしたが)
そのほかにも一定の回診があり、”乳腺外科ツアー”とあたしがこっそり呼んでいた、たくさんのお医者さんがぞろぞろ一緒にやって来るやつもあります。
看護士さんたちも、血圧や熱をはかる、尿量の記録を取りに来る、クスリを渡してくれる、などなど、病室にはちょこちょこ常に”訪問者”があるわけです。
お見舞いに来る人や家族を別にしても、”お客さん”ってわりと多いのね。

画材一式とベニヤパネルなどなど、入院している病院に持ってきてちょうだい、とお願いした話のつづき。
ていねいにお願いした甲斐があって夫はすぐに持ってきてくれました。
いつも使っている絵の具の箱ってのは、実はお菓子の空き缶とかだったりするんだけど、夫はそれを時々勝手に使ったりしているために(?)よく知っており、「どこにしまってあるの?」とかそういうことは全然ききませんでした。
絵筆は洗ったやつが蛇口のそばにごちゃごちゃさしてあったんで、これも無差別にひっつかんできたらしい。ビンに入って箱に並べてあった下地剤なども無差別。
無差別に持ってくるとかなりの重さです。
この夏、8月下旬に『紙芝居展』という、ちょっと変わった展覧会に参加していました。
それで、その準備がけっこう大変で。
この夏暑いもんですから、汗だらだらでやっていたわけですが。
あたしの本業は絵を描く人で、雑誌に文章を書いたりもします。
職業柄、こうして時々グループ展に参加したり、たまーに個展をしたりするのは、いわば仕事の一部です。(全然儲からなかったとしても)
画廊で自分の絵(今回はストーリーも含めて)を発表するわけですが、そこにクライアントにも来てもらったり、あるいは、来てもらえないまでも、「ちゃんとやってますよ」ってことをアピールするわけね。
絵を描くこと自体、勉強になるし。人脈を広げたり強化したりする、ということもあります。
このように展示をする意義は色々あるのですが、今回準備をしていて、入院中のことをまざまざと思い出しました。
1年半前、あの冬、あたしは入院中に、病院の個室でこれをやっておったのですよ!
乳首の修正は後回しにする、と決めた理由のひとつは、いっぺんにやると、しばらくお風呂に入れなくなるってことです。
もう一度一文字に切るので、胸はまた例によって絆創膏で固めて、濡らさないようにして、半身シャワーだけになるわけだけど、下半身の皮膚も取ると、そこも洗えないじゃん?
さてさて。
書くからにはすっきりはっきりニコニコと書きたいと思うあまりに、更新がどろーんと滞っておりました。
この数ヶ月、気持ちが決まってなかったもので。
しかし!いよいよ決めました。
一応すべてのプロセスを終えたはずの再建についてですが。
結局あたくし、再手術日を決めてきました。
さかさまになっている、シリコンバッグの位置を直す手術です。もう少し涼しくなってから、この秋、やってもらいます。
こういうものは、しょせんキリがない、というか、直すっていったって、ホントの意味で元に戻ることはないわけで、常にどうせ不満なわけです。
だけど、改善できる部分はやっておこうか、という気持ちになりました。
本来こういう風に上に厚みがある予定じゃなかったんだからねー。ひっくりかえったのは、不測の事態なわけですよ。
一週間ほど前から、左乳首・・・移植された皮膚が、完全に乾いています。
もう絆創膏をはがすたびにガーゼを替えなくてもよくなりました。
まだ時々血がにじんだりするけど、もうじくじくしてないから大丈夫。ほっとしたわー。永遠に生乾きなのかもと思ったぐらいだから。
生乾きの乳首とさかさまバッグのおっぱいを抱えて一ヶ月。
で。おとといまた形成のクリニックに行って来ました。
さて。移植された皮膚はそこに”着く”のにたっぷり一週間はかかるのだそうです。それが落ち着くのにまた一週間。
ですから、片方から取った皮膚で乳頭を作る手術のあと、抜糸をするのはその2週間後でした。
抜糸まではガーゼと絆創膏で胸が固めてあります。
つまりね。2週間は自分の乳首は見られないのです。
乳頭を作る手術、およそ30分の間、あたしはドクターに聞いてみたいことを質問することにしました。
考えてみたら自分の形成のドクターと雑談ができる機会などめったにありませんから、無駄にしたらもったいないです。
マイクロ・サージャリーや腹直筋皮弁など、自家組織再建について、先生はどう考えるか、脂肪注入(自分のおなかや太ももの脂肪を取って胸に注入する方法)は実際のところどのぐらい効果があるのか、仮に乳首を刺青によって着色した場合、その色は取れてきたりしないのか、などなど。
麻酔が効いて痛くなくなった乳首形成手術の話のつづき。
健康なほうの乳首と乳輪から、必要な皮膚をはがすのですが、何をされているのか、まるでわからなくなっています。
だけど限定的な場所だけに麻酔をしているわけですから、”何かされている”のはわかります。
切ってるんだな、とかひっぱっているな、とか、今圧迫されるような感じがあったのは、血をふき取ったんだな、とか・・・。
乳首作る形成のお話のさらなる続き。
手術室に入りました。
通常のように仰向けに寝ての手術になります。
部分麻酔で手術をしたことのある方はご存知でしょうが、患者に意識があるといっても、手術中の様子を見学させてくれる、というわけではありません。
少しぐらい見せてくれてもいいのに・・・などとも思いますが、きっと見たら気分が悪くなったり怖くなったりするんでしょうね。
前回の続き。
回復室の壁にはブルーのロールスクリーンが下ろせるようになっていて、「デザイン」のあと、その前に立って写真を撮影することになります。
手術前、手術後を記録に残しておくわけですね。
例によってドクターがフエルトペンで胸にあれこれ線を書き込んで、しるしをつけてくれます。これがデザイン。
左右の位置や高さ、大きさのあたりをつけるわけです。
切る場所のほか、左右対称に近づけるために体の中央がどこか、とか、そういう補助線もたくさん引きます。
ヌードデッサンの勉強している時にもこういうことやるよな、なるほどー、などと感心します。(モデルの体の上に描くわけじゃないけど、絵の上にそういう補助線を引いたりはするのです)
のびたり縮んだりするという手術後の”乳首事情”については、このときにお話をききました。
(過去エントリー『乳首の事情』)
この乳首を形成する手術も、シリコンバッグを入れるのと同様、日帰りでできます。
手術時間は30分ぐらい。
しかも乳首だけだから、部分麻酔で、回復の時間もいりません。
特に絶食とかもしなくていいのです。
終わったらお着替えしてはい、お帰り、という手軽さ。
しかし、ほんと?
あたしは説明を聞いても手術がそんなに簡単だ、というイメージがわきませんでした。
【乳首は伸びたり縮んだりする?】
エキスパンダーをシリコンバッグに入れ替えてから、4ヶ月経ちました。
抜糸後ずっとマッサージをしてきまして、先日、(2007年3月10日土曜日)とうとう再建手術の最終段階である「乳首を作る手術」を受けてきましたので、そのご報告をします。
乳首を作る形成手術は、自分の片方の乳首から皮膚を移植する、という方法と、皮膚をつまんで形を作ってから刺青で色をつける、という方法とがあるのですが、あたしは保険適応になる、前者のやりかたを選択。
だって少しでも費用を安くしなければ。
乳癌で失ったものを再建するのに、どんな材料を使うにしろ(シリコンにしろ入れ墨にしろ)保険がきかないってのがそもそももおかしいんですが、それはともかく。
3月6日にマンモグラフィを撮って来ました。
全摘の手術を受けたのが2006年2月ですから、もう1年経ってしまったことになるわけです。
この日は
●マンモグラフィを撮って、
●ドクターの診察を受けて、体調などの報告をして、
●ホルモン療法の薬(ノルバデックス)の4ヶ月分の処方箋をもらって(できたら少しでも安くなるよう、ジェネリック薬品にしてもらえないか相談して)
●次回(約4ヶ月後)の予約をして、
●窓口に忘れていた保険会社の請求のために診断書を請求して、
以上おしまい、というメニュー。
頭のメモリが1ビットぐらいの人なので(ビョーキをする前からそうですの)、電車の中で手帳に書いてこれに臨むのであります。
あたしは皮膚があまり強いほうではなく、なんにでもすぐにかぶれます。何かというと湿疹や蕁麻疹が出たりもします。
手術の前に、色んな問診があり、その中に「かぶれやすいかどうか」を問う項目があったような気がします。
その時「うわー、最近の病院って細かい気遣いをしてくれるんだなー」と感心しました。
セカンドオピニオンをもらうために行った病院で、組織診断のために太い針を刺したあとも、ドクターは「かぶれるのを防ぐ」ためにと、皮膚にあらかじめスプレーを吹き付けてから絆創膏を貼ってくれました。
さて。手術の麻酔が覚めたあと。
入院中の病人は、けっこう忙しいということがわかりました。
おしっこをするたびにccを測って記録しないとならないし。飲んだ水分も記録しなきゃならないし。
手術の様子を覚えていられたらなーっと思いますが、無理です。”経験”といったって、眠らされているんですから、何もわかんないんですね。
目覚めたら、もうそこは自分の個室でした。
そばには愛する夫が心配そうに・・・・ではなくて、彼はカメラを構えておりました。
目をあけたら、その目の前にうちの古ーい(我が家は物持ちがとてもいいのです)、とっても見覚えのある、デジカメが構えられていたのです。
「また、こいつは面白がって記録写真を撮っているな・・」と思ったとたん、「え?!」という大きな声がしました。
さて。
とうとう明日は手術だという前夜、12歳の娘に『キモイ』と言われて生き延びることを決意するほかにも、やることがありました。
まず絶食。これは前の夜からでOKで、たいした絶食ではありませんが。6時間前からは水分も禁止されます。
麻酔の影響で嘔吐が起きることがあり、気道が詰まったりすると命が危ないからでしょう。消化関連の臓器みたいに何日も絶食したり、浣腸をしたり、といったことは必要ありませんので、ぜんぜんらーくちんです。
乳ガンの手術を受けてから、ちょうど1年の月日が経ちました。
そろそろ一年目の検査(その後”無事”なのかどうか見張るってやつですね)の日程が近づいています。
その前に手術と入院がどんなだったか、ってのを書いてみます。
1月24日【再建にこだわるあたし16】にも書いたようにあたしは手術は2回受けました。
一度目は2004年の12月。二度目は2005年の1月末です。
一度目の時、まず驚いたのが、その入院日程の短さです。