インフォームド・コンセント

一応の再建が”完了”したのち数ヶ月、バッグはもう動く気配はなくなりました。
寒いとなんだかツレる、って感じはあるにせよ、以前みたいに「ぐるっと回って」しまったりとか、「位置が上がって」しまったりとかしなければ、これでOKということです。これでもうほんとにほんとに落ち着いたのね。
しかしですね。この時点で、実はまだ大きな問題が残っているのです。
これが解決しないと、いまいち「NEWおっぱい完成!」という気分にならないのよね。
それはご存知(何がご存知なんだか)乳首問題です。
乳首、もうついてはいるのですが、これがいかにも不完全なんです。
前回「そもそもカプセルってなんなのさ?」という話の続き。
で。破かれて(切られて?というか裂かれて?)下側をあけてもらったカプセルは、その裂け目にバッグを落とし込んでもらえば、そのうちまたそこにつながるように形成されて、うまいことバッグ全体を包み込むようになるのだそうです。
ふーしーぎー。
体の中のことですから、見えないけども、そういう体の仕組みにお任せするのですね。異物はすべからく包まれるわけです。
もう一つ気になることがあります。
いわゆる『カプセル拘縮』についてです。拘縮したカプセルってどんなものなのかしら?
1ヶ月検診から、もうずいぶん経っちゃった。
ブログのお引越しなどと自分の忙しいのと重なって、ほったらかしになってしまっていて、ごめんなさいまし。
前回、カプセル事などについて、あらたに質問しようと決心した話の続きです。
1ヶ月検診の日、予定通り質問をしました。
ドクターは忙しいので、スタッフに付き合ってもらいました。
このクリニックでは、執刀医でなくても、ほとんどの質問に答えてくれるし、答えられない場合はドクターに聞いておいてくれるので、インフォームド・コンセントについては、ほとんど不安を覚えたことはありません。
まず、カプセルってやつについて。
考えてみたらさ。
カプセルって何?ってことが、あたしわかってなかったわけです。
体に異物が入ったときに、それを包み込むように、自然に体内にできあがる、時々拘縮を起こして、それがやっかいらしい、ということ以上のことは知りません。
カプセルという言葉は一般名詞ですけども、ガチャポンのプラケースとか、風邪薬の2色に分かれているやつとか、あと、カプセルホテルとかを連想しちゃう。しかしこれら、全部おっぱいとは程遠いもんね。うーん。
それで、ストレートに聞きました。
「カプセルっていうのは、実際どんなものなんですか?」
さて。来週、バッグの位置を修正する手術をすることになっているので、また体の色々に気を配っております。
相変わらず秘密兵器(スポンジドーナツ)で保護してある移植乳首は、その後なんだかますます色が薄くなっているように思います。
それに乳首の一番高いところが、またちょっとあいまいになっているのでは・・・・?と思ってよく見たら、皮膚が腫れているのでした。
そのこととは別に、実際にバッグが回ってしまった状態で乳首の移植手術を受けて、その後「乳首の位置が合っていないのではないか?」と質問するまでバッグが回っていることを告げられなかったのは、あまりいいことではないとあたしは思っています。
もしもこれがだれも気が付かないほどのトラブルであるのなら(実際服の上からではバッグの問題は誰にもわからないでしょう)修正することを含み済みで乳首の位置を定めるのもおかしな話、ということになります。
バッグを動かさないのだったら、乳首の位置を最初から正しくつけちゃう、その方がバッグの位置の問題も目立たないから、という選択肢も”アリ”なんじゃないかと思うわけです。
質問してみないと知らされないことというのは山のようにあります。
それから、トラブルが起きた人以外は結局知らないで終わっちゃう(知らないほうがいいかもしれないんだけど)リスクというのも、あるわけです。
再建のために入れたシリコンバッグが、正しい位置に収まらず、入れた後に動いて上下がさかさまになってしまう、という・・・・あたしが今見舞われているトラブルですけども、・・・・それも、こういうことになったから対処しているだけで、こういうことにならなかったら、そんなの関係ねー、の世界なのかもしれません。
さあて。過去の”お絵かきつき手術入院”のことはまたあとで書くとして、9月19日に形成のクリニックで血液検査を受けてきたので、その覚書き。
血液を取るのは、決まりになっているようです。
また体を切るわけだから、血液がちゃんと固まるかとか(そうじゃないと血がどばどば出て死んじゃうもんね)、血液型、白血球赤血球の数、肝機能、血糖値、その他を検査をしなきゃいけないのね。
そのために30ccだか採血。例によって血管が細く、奥にあって脈がみつからないもんだから、腕の2箇所に穴があきます。(だいたいいつもそんなもん)
そのほかに全身麻酔に備えてアレルギーや持病や服用中のクスリについてのお決まりの問診表をfill outして。
これに加えてカウンセリングルームで次回のシリコンバッグの位置を直す手術について説明を聞く、というコースになります。
これはドクターじゃなくて、スタッフ(看護婦さん)が受け持つのですが、その場で答えられない複雑な質問などはドクターにも知らせてくれますから、質問の回答が得られなくて最後まで不安、ってことはあんまりありません。
乳首の修正は後回しにする、と決めた理由のひとつは、いっぺんにやると、しばらくお風呂に入れなくなるってことです。
もう一度一文字に切るので、胸はまた例によって絆創膏で固めて、濡らさないようにして、半身シャワーだけになるわけだけど、下半身の皮膚も取ると、そこも洗えないじゃん?
さてさて。
書くからにはすっきりはっきりニコニコと書きたいと思うあまりに、更新がどろーんと滞っておりました。
この数ヶ月、気持ちが決まってなかったもので。
しかし!いよいよ決めました。
一応すべてのプロセスを終えたはずの再建についてですが。
結局あたくし、再手術日を決めてきました。
さかさまになっている、シリコンバッグの位置を直す手術です。もう少し涼しくなってから、この秋、やってもらいます。
こういうものは、しょせんキリがない、というか、直すっていったって、ホントの意味で元に戻ることはないわけで、常にどうせ不満なわけです。
だけど、改善できる部分はやっておこうか、という気持ちになりました。
本来こういう風に上に厚みがある予定じゃなかったんだからねー。ひっくりかえったのは、不測の事態なわけですよ。
本日病院の日。
4ヶ月に一度病院で処方箋を出してもらって、薬局で女性ホルモンを抑える薬を出してもらう日です。
そのついで?に乳腺外科の主治医といろんなことをしゃべってきました。
たとえばあたしは今乳房再建の途上にいる(順調に行けば終わっていてもよかったんだが)ので、それがあーだこーだでまだ終わっていませんのよ、などということを報告してきたわけです。
あーだこーだ、の部分はこのブログの過去エントリーにほとんど書かれております。
その中であたしは「皮膚が弱くて乳首がなかなか乾かず、その間になんだか形がつぶれてしまった」こと、シリコンバッグが回ってさかさまになってしまった」こと、「それはやっぱりいずれ直してもらおうと思う」「なかなかすんなりいかないものだというのがわかった」ことをしゃべってきました。
一週間ほど前から、左乳首・・・移植された皮膚が、完全に乾いています。
もう絆創膏をはがすたびにガーゼを替えなくてもよくなりました。
まだ時々血がにじんだりするけど、もうじくじくしてないから大丈夫。ほっとしたわー。永遠に生乾きなのかもと思ったぐらいだから。
生乾きの乳首とさかさまバッグのおっぱいを抱えて一ヶ月。
で。おとといまた形成のクリニックに行って来ました。
入れてあるシリコンバッグが回ってしまう、実際回ってしまっている、という問題の話の続き。
形成のドクターの説明をはしょりますと、こういうことになります。
●バッグが”正常な位置”に戻れば、今下がっているかのように見える乳首の位置が右側と同等に上がり、左右のバランスは問題なくなる。
●戻すための方策として、さらに1ヶ月のマッサージを試してみる。(その際、方向を意識して、ぐるぐると回す、ということをする)
●1ヶ月でどのくらい動くか(戻るか)観察したのち、次の手を考える。
●全然戻らない場合(!)もう一度麻酔をかけて切って(!)バッグをぐるっと回すという手術をすることになる。
●その際、また再び回ってしまうのを避けるために、上のところを皮膚に縫い付けて”固定”する、ということをすることもある。
「でも、それはひきつれたようになることもあるので、あまり・・・」
審美的ではないってことですか?先生?
2週間の間、乾かない乳頭部分にせめて洗ったスポンジ・ドーナツをあてて保護して、診察の日は来ました。
「乾かないんですよね。ずっとじくじくしているんですが」
それに対し、ドクターのお言葉は、「みなさん、このぐらいですね。どうしても」でした。
とりあえず安心していいようです。みんな移植した乳首の皮膚はなかなか正常な状態にはならないのですね。そんなに簡単じゃないわけです。
こんな風に擦りむいたひざ小僧が繰り返し繰り返しむけちゃっているような感じで何週間も過ごすということらしい。
”赤むけ問題”の疑問が解決したので、あたしは思い切って一番気になっていることをきいてみました。
「乳首の位置なんですが・・・ちょっと下過ぎませんか?」
麻酔が効いて痛くなくなった乳首形成手術の話のつづき。
健康なほうの乳首と乳輪から、必要な皮膚をはがすのですが、何をされているのか、まるでわからなくなっています。
だけど限定的な場所だけに麻酔をしているわけですから、”何かされている”のはわかります。
切ってるんだな、とかひっぱっているな、とか、今圧迫されるような感じがあったのは、血をふき取ったんだな、とか・・・。
乳首作る形成のお話のさらなる続き。
手術室に入りました。
通常のように仰向けに寝ての手術になります。
部分麻酔で手術をしたことのある方はご存知でしょうが、患者に意識があるといっても、手術中の様子を見学させてくれる、というわけではありません。
少しぐらい見せてくれてもいいのに・・・などとも思いますが、きっと見たら気分が悪くなったり怖くなったりするんでしょうね。
前回の続き。
回復室の壁にはブルーのロールスクリーンが下ろせるようになっていて、「デザイン」のあと、その前に立って写真を撮影することになります。
手術前、手術後を記録に残しておくわけですね。
例によってドクターがフエルトペンで胸にあれこれ線を書き込んで、しるしをつけてくれます。これがデザイン。
左右の位置や高さ、大きさのあたりをつけるわけです。
切る場所のほか、左右対称に近づけるために体の中央がどこか、とか、そういう補助線もたくさん引きます。
ヌードデッサンの勉強している時にもこういうことやるよな、なるほどー、などと感心します。(モデルの体の上に描くわけじゃないけど、絵の上にそういう補助線を引いたりはするのです)
のびたり縮んだりするという手術後の”乳首事情”については、このときにお話をききました。
(過去エントリー『乳首の事情』)
この乳首を形成する手術も、シリコンバッグを入れるのと同様、日帰りでできます。
手術時間は30分ぐらい。
しかも乳首だけだから、部分麻酔で、回復の時間もいりません。
特に絶食とかもしなくていいのです。
終わったらお着替えしてはい、お帰り、という手軽さ。
しかし、ほんと?
あたしは説明を聞いても手術がそんなに簡単だ、というイメージがわきませんでした。
【乳首は伸びたり縮んだりする?】
エキスパンダーをシリコンバッグに入れ替えてから、4ヶ月経ちました。
抜糸後ずっとマッサージをしてきまして、先日、(2007年3月10日土曜日)とうとう再建手術の最終段階である「乳首を作る手術」を受けてきましたので、そのご報告をします。
乳首を作る形成手術は、自分の片方の乳首から皮膚を移植する、という方法と、皮膚をつまんで形を作ってから刺青で色をつける、という方法とがあるのですが、あたしは保険適応になる、前者のやりかたを選択。
だって少しでも費用を安くしなければ。
乳癌で失ったものを再建するのに、どんな材料を使うにしろ(シリコンにしろ入れ墨にしろ)保険がきかないってのがそもそももおかしいんですが、それはともかく。
【術後1年経ったのだった 3】
あたしの癌はホルモンレセプターが大変強くあるタイプのものだったので、術後4クールの抗がん剤を終えたあとは、内分泌療法;いわゆるホルモン療法に入っております。
ノルバデックスという、大変一般的なお薬を処方されていて、これで女性ホルモンを阻害しているわけです。
癌が女性ホルモンを栄養にしてでかくなってしまうタチのものなので、栄養を与えないようにして、成長のチャンスをつぶす、ということですね。
エキスパンダーをコヒーシブシリコンに入れ替える手術をしてから2ヶ月、わき腹に降りてきていた内出血による世界地図のようなアザも消え、建設中のおっぱいは一応落ち着いているように見えます。
落ち着いてないで、暴れたら困りますけどね。
だけど稀に入れたシリコンが本当に回ってしまうことがあるらしいのです。
つまり位置がずれてきてしまう。たとえば厚みのある部分が下に来ないで横に回ってしまったりすることがあるらしい。
検診の時に、その話を聞いたときはびっくりしましたよ!
●全摘を決心
で。形成での説明を聞いて後、あたしは全摘をしてもらって、同時にエキスパンダーを入れてもらう、という術式を選ぶことを決心するに至りました。
メリットと デメリットをはかりにかけた結果です。
●お医者さんの腕
形成のドクターが見せてくれたさまざまな写真を見て、思ったことは、ドクターの腕のよしあしで患者の運命は全く変わる、へたくそな医者に当たると、なんだかすごく過酷になっちゃうんだな、ということでした。
乳ガンになっただけでも苦しいのに。
クリニックに再建の相談に来る人はさまざまなケースを抱えています。
写真資料の中には、温存とは名ばかりの、ひどいアンバランスな残し方をされてしまった人、それから再建を希望したけれど、エキスパンダーをへんな位置に入れられてしまった人、などのものが含まれていました。
彼女たちはその不満な状態から抜け出すために、このクリニックに来て、胸を作り直したのですね。
それぞれ、ずいぶんきれいに直されていました。
そういうケースを見たときのショックというのは、うまく言葉になりません。
●外科vs形成外科?
ナーバスになると、自分のナーバスさに自家中毒するというか、つるっと足をすくわれてあとはあっぷあっぷ溺れるみたいになります。
あたしはそれがとにかく嫌いなんですわ。
努めて「あたしは冷静なのよ。小学校の頃からよくそう言われるのよ」などとわけのわからない人の意見に頼って自分を立ち直らせようとします。
見かけはそんな風に見えなかったと思うけどね。
形成のドクターは女性です。
「女性だから話しやすい!」と自己暗示をかけてから、面談に臨みます。
「現時点では、全摘、再建をするか、温存のままいくか、はっきり決まっていないのですね?」と確認されます。
「はい。お話をきいてから、決めます」と答えます。
それから迷いの核心である”ぶっちゃけた話、美容的に考えてどっちがマシなのか”という話に入ります。
●はじめて形成のクリニックに行く
2度目の手術の方針を決めるため、形成のクリニックに行くことになった、という話のつづき。
ここでよーく相談して、もしもやっぱり再建のほうがいいってことになったら、エキスパンダーを病院に送ってもらったりとか、いろいろ手続きが生じるわけですね。
あたしの病院では、同時再建(乳房の切除と同時に再建のためのエキスパンダーを入れてもらう)の場合、それは形成医ではなく、乳腺外科の手でやってもらうことになります。
連携がなされていて、しかるのちに、形成医にバトンタッチされるのです。
告白しますが、ここであたしはまた、クリニックに予約を入れた日を忘れました。
●乳ガン仲間のありがたさ
全摘して再建するのか、このまま少しの追加切除を受けて温存した胸で暮らすのか、まだいまいち迷っているこの時期、あたしはwebで知り合った乳ガン仲間の人とお会いしました。
その人は同時再建手術を受けており、その鮮明な写真を、添付ファイルにして送ってくれたのです。
実際に再建した胸を見たら、SYNDIさんも決心がつくかもしれない、と言ってくれました。
彼女の胸は、温存では救えないことがはっきりしてたそうです。
●けっこう孤独なおっぱい
すぐに夫に病理検査の結果報告をしました。
残念ながら再手術決定、ということです。
形成の先生にも相談をしてから、全摘して再建するか、更なる追加切除をしても温存をして、放射線をかける道をとるか、決める、という話をしました。
「放射線をかけたらほんとにほんとに再建が無理なのかどうか、形成の先生にももう一度確かめてくるよ」
ほんとにもっとゆっくりと考えられれば一番いいのに、と思いながらあたしは言いました。
時は年末。次の手術は一月の終わり。手術日までの間にはお正月イベントがあるし、何かと気がまぎれるだろうな、という時期でした。
あたしは新しいセーターを買って着ていました。
比較的ぴったりしたセーターで、胸のラインが出る、みたいなのがあたしの好みです。
夫はふいにききました。
●再建への幻想 温存への幻想
さて。ガンの取り残しがあって、再手術が必要なことが確実になったので、次の手術日を予約することになりました。
すぐにはベッドがあきませんから、1ヶ月以上先になります。
あたしはこの時点で、まだ本当に全摘に踏み切るのかどうか、はっきりと決心がついていませんでした。
それは、主治医が「今の胸だって、再建と同じぐらいの出来だよ!」と言ったからです。
そこまで言うか・・・と、あたしは絶句しました。
再建で作られる胸は、”へたくそな美大生がうっかり描いたデッサンみたいな胸”以下?ってこと?同程度ってこと?
この表現はまあ、あたし独自のものだけどさ、これより悪くなるとしたらわりに合わないでしょう。
再建には100万円ぐらいはかかるのです。
●結局どうなったか
結局あたしはチャートの中にピンク色の○が示されている、その順序をたどることになりました。
最初の切除で、ガンの組織は全部取りきれていなかったのです。
あたしにとっては、再切除を受けることイコール、「全摘して再建する可能性を考える」ということでした。
では最初の手術のあと、おっぱいはどんな状態だったか?
●フローチャートを作って考えてみる
何がどうなる可能性があるのか、頭がこんがらがりそうだったので、あたしたちはフローチャートを作ってみました。

だいたいこういうやつです。
●切ってみないとわからない
「切られてみなきゃわかんないじゃん」
突如としてあたしは思いました。
そしてすべてのことがこの、「そうなってみなければわからない」という事情によってややこしくなっていることに気がつきました。
そりゃそうでしょ。
たとえばだれかと結婚するとする。
その人は結婚後態度がころっとかわる”こんなはずでは 男”のたぐいかもしれない。
あるいは順調で金持ちのときはきは最高にいい夫だけど、挫折に弱いかもしれない。
ちょっと問題がある子供が生まれたらめそめそ男になってしまってはなはだ頼りないとか、失業して収入が下がったら愚痴愚痴男にへんしーん、などのことがあるかもしれない。
だけど問題のある子供が生まれるかどうかも含めて、人生何が起きるか、どんな事態においてその人がどんな力をもつか、持たないか、あらかじめわかることなんか、わずかです。
起きちゃったら、後戻りもやり直しもきかないのよ。
おっぱい事情もそれと同じ。
●しかしやっぱりいつでもできるわけじゃないのだった
「再建はいつでもできる」と信じたいのはやまやまなれど、医者が、それも自分の主治医がこれだけはっきり言っていることを無視して、信じたいように信じる・・・わけにはいかないよね。
そんなのってちょっと頭悪すぎだもんな、とあたしは思い、さらに人に聞いたり、本を調べたりしました。
,
●「いつでもできる」の誘惑
つらつらぐるぐる考えている時に、メールで乳ガン関係の相談に乗ってくれるお医者さんをみつけました。
読み易い著書もある人だったので、ためしに再建のことも相談してみました。
すると、なんとそこには、放射線をかけたあとに、特に再建が難しくなるとは思わない、少なくとも自分の経験の範囲ではそのようなことはない、というお答えが書かれていました。
平たく言うと、あとから考え直せば、その時に再建できる!
万が一再発して再手術をした場合でも、その時に決心をすれば再建という選択肢がある!
ということになるではありませんか。
調べ物というのは、「ほんとにそうなの?」ということでした。
本当に、温存をしたら、もう「再建はあきらめなければならない」のかどうか。
2005年10月にガンだってことが確定して、12月には手術することになっていて、それまでの間に温存でいくのかどうか決心することになっていました。
それまでの間に、人に聞いたり、本を読んだりしました。
その時点で目を通した本には、放射線をかけた後の再建は「できなくなる」あるいは「大変むずかしくなる」と、はっきり書いてある本はみつかりませんでした。(もう少しあとで見つかったけど)
●放射線が再建を難しくする?
10月25日のエントリーのつづき。(間があいてしまいました)
さて。乳房の一部切除(温存)と全摘出&再建とを比べた場合、どちらがより自分の希望に沿った結果になるのか、というのは、そうは簡単なことではないな、と思いましたっていう話でしたね。
美容は主観も入るし、再発その他に関わる運も、医者の腕も、その後の自分の心の成り行きにも影響されるから、「希望に添った結果」は簡単には見えてこないのです。
簡単なことではないのですが、実は考える時間はあまりありませんでした。
今考えないとならない、告知を受けて、最初の手術を受けるその時点で、自分がどのように考え、感じる人間かを、ある程度わかっていないとならなかったのです。
明日抜糸なのですが、今バッグを入れ替えた胸の下、ウエストまでのあたりに”日本地図”できてます。青タン赤タンって感じの内出血で。(笑)
これは、手術の時の内出血が「下に降りてくる」のだと、あらかじめ説明されていました。内出血が下のほうに「移動する」という言い方もされました。
ですから、「あー、あの時言ってたやつ、これか!」とわかるのです。
形成のクリニックは、聖路加病院内にはありません。
これは品川から15分ぐらい、泉岳寺から1分ぐらいのところにあります。
このクリニックが聖路加とチームになっているのです。連絡が直で回ってきますからツーカーです。
聖路加で乳房切除術を受ける際についでにティシュー・エキスパンダーを大胸筋のところにいれてもらったあと、形成を続ける人はこのクリニックにバトンタッチするわけです。
月に一回、生理的食塩水をを入れて膨らませる通院と、このバッグ入れ替えの日帰り手術、乳首を形成する日帰り手術など、もろもろがこちらで行われるわけ。
バッグ入れ替え術を受けるその朝、まず、病室に入ります。そこでガイダンスを受ける。
いよいよ今週の土曜日におっぱい切って、中の食塩水が入ったエキスパンダーを取り出して柔らかいコヒーシブシリコンのバッグに入れ替える、という形成手術を受けることになっております。
今は体力を蓄えているところ。
風邪とかひかないようにしなきゃ。(あたし以外の家族はみんなごほごほしている。涙。)
痒くても皮膚をひっかかないようにしなきゃ。(すぐに赤くなったり、蕁麻疹が出たりする弱い皮膚ですの。冷や汗。)
しかしながらよく洗っておかなくちゃ。(怖くてごしごし洗えなくて、垢がたまっていて形成のスタッフに叱られたことがある。苦笑)
乳ガン関係の本を開くと、「乳ガンは通常とてもゆっくりと進行する」という事が書いてあります。(例外もあり!ですが)
あたしのしこりは2センチに満たないものでしたが、そこまでになるのに10年はかかっているはず、とも言われました。
ええええ?そんなに長く体の中にあったのか、知らなかった、の世界です。