日常うだうだ
寒い日が続いています。今日はちょっとマシだけど、全然油断ができないです。
去年の今頃、ドクターから聞かされたセリフが耳にこだまします。
「シリコンは熱を吸収しないので、冬は胸が寒いとおっしゃる方もいますね」
はい。その通りです!
すごく冷たいということはございませんけれども。
心持ち、左側の胸辺りの方が、右よりも寒い。
それから確かこうもきかされました。
皮膚は縮もうとする。寒いとなおのこと縮もうとする。(だからお風呂で温めてマッサージをすること)
このように寒い日が続きますと、その「縮む」ということもなるほどこういうことかとわかってきます。
いえ、実際、見かけ上とかは縮んでなんかないようだし、もちろん風船みたいに縮むんじゃないんだけれども。
説明しましょう。
乳首の修正は後回しにする、と決めた理由のひとつは、いっぺんにやると、しばらくお風呂に入れなくなるってことです。
もう一度一文字に切るので、胸はまた例によって絆創膏で固めて、濡らさないようにして、半身シャワーだけになるわけだけど、下半身の皮膚も取ると、そこも洗えないじゃん?
さてさて。
書くからにはすっきりはっきりニコニコと書きたいと思うあまりに、更新がどろーんと滞っておりました。
この数ヶ月、気持ちが決まってなかったもので。
しかし!いよいよ決めました。
一応すべてのプロセスを終えたはずの再建についてですが。
結局あたくし、再手術日を決めてきました。
さかさまになっている、シリコンバッグの位置を直す手術です。もう少し涼しくなってから、この秋、やってもらいます。
こういうものは、しょせんキリがない、というか、直すっていったって、ホントの意味で元に戻ることはないわけで、常にどうせ不満なわけです。
だけど、改善できる部分はやっておこうか、という気持ちになりました。
本来こういう風に上に厚みがある予定じゃなかったんだからねー。ひっくりかえったのは、不測の事態なわけですよ。
失われた左乳房の再建も最終段階を迎え、一応ふくらみも乳首も取り戻した状態になってもう2ヶ月という頃。
1ヶ月はゆうに乾かなかった我が乳首(新しいほう)ですが、いったん乾いた後、世の中が暑くなって汗をしこたまかくようになったら・・・・なんとまたぐじぐじになってしまいました。ショック。
スポンジの下にガーゼを当てていないとスポンジに血だの体液だのがしみこんで、あまり衛生的ではありません。
しかも!見れば古いほうの乳首(移植のために皮膚を取ったため、まだサージカル・テープで傷を保護してある)の一部もただれているではありませんか!
なんて付き合いがいいのでしょう。そんなもん、左右一緒に付き合わなくてもいいのにねえ。
一週間ほど前から、左乳首・・・移植された皮膚が、完全に乾いています。
もう絆創膏をはがすたびにガーゼを替えなくてもよくなりました。
まだ時々血がにじんだりするけど、もうじくじくしてないから大丈夫。ほっとしたわー。永遠に生乾きなのかもと思ったぐらいだから。
生乾きの乳首とさかさまバッグのおっぱいを抱えて一ヶ月。
で。おとといまた形成のクリニックに行って来ました。
髪の毛が抜け替わるにあたり、自分の頭からはなれていく頭髪を見ますと、何だか鼻の奥がつーんとするような、懐かしい気持ちになります。
ブラシを使って、そのブラシに残った毛ですとか、黒いセーターに落ちて目立つその黄色っぽい毛ですとか・・・見ると遠い昔を思い出すのです。
ん?なぜこんな気持ちになるんだろう?自分?
2週間の間、乾かない乳頭部分にせめて洗ったスポンジ・ドーナツをあてて保護して、診察の日は来ました。
「乾かないんですよね。ずっとじくじくしているんですが」
それに対し、ドクターのお言葉は、「みなさん、このぐらいですね。どうしても」でした。
とりあえず安心していいようです。みんな移植した乳首の皮膚はなかなか正常な状態にはならないのですね。そんなに簡単じゃないわけです。
こんな風に擦りむいたひざ小僧が繰り返し繰り返しむけちゃっているような感じで何週間も過ごすということらしい。
”赤むけ問題”の疑問が解決したので、あたしは思い切って一番気になっていることをきいてみました。
「乳首の位置なんですが・・・ちょっと下過ぎませんか?」
ともあれ。
乳頭を作る日帰り手術のあと、かゆさを我慢する風呂なしの2週間を耐えた後、抜糸。
秘密兵器:スポンジドーナツを渡されてお風呂が解禁になり、そのまた2週間後に傷が乾いているかどうか点検する診療、という手順で、だんだんと乳房は「完成」に近づいて行くのでした。わくわく。
しかしながら。
傷は乾きません。なっかなか乾かない。
じくじくとした汁がしつこく出ていて、それが乾くと黄色っぽいかさぶたみたいのになります。
夜、お風呂に入ると、その黄色いかさぶたがふやけてへらへらっとはがれてしまい、またその下から痛々しいような赤むけの皮膚が出てくる、という繰り返しでした。
建設中の左胸を、「柔らかくなれえ~」と念じながらマッサージしている、という話の続き。
昨日ぴったりしたセーターを着ていましたら、娘が「なんか違和感がなくなってきたね」と言って、胸をつついてきました。
そして「あ、固くない」と驚いていました。
美容院で髪を脱色して金髪になってみた、という前回のつづき。
それでもう何ヶ月ぶりかしらーという、実に新鮮な気持ちでお外を歩いたのです。
それまで家の中、家族の前では生頭でしたけれども、出かけるときは、仕事でも遊びでも、駅前のスパーに行くんでも、PTAでも、カツラをかぶってましたんでねー。
それだけじゃないのよ。
●あとからわかること・先にわかること
長々と再建に至るまでのことを書いてきましたが、今までのことを整理しておきます。
①まず左胸にガンがみつかり、手術をすることになりました。しこりも2センチぐらいで上側で、表面に近いので、問題なく温存の適応と思われました。
②ところがMRIをもっときちんと撮って見たらしこりは3つもあって、ひとつは奥にあることが判明。
ボリュームの4分の1を切り取るというかなり厳しい温存条件に・・・。
③医師に説得される形で温存手術を選択。傷あとも仕上がりも条件の厳しさから考えると”上出来”の類と思われました。しかし、病理検査により、切り口にまだがん細胞があることが判明。
④医師は追加切除でそのまま温存できると判断しましたが、あたしは色々と迷った末に同時再建を決意。(その葛藤が今までの【再建にこだわるあたし】1から15までのエントリーに書いてあるわけです)
⑤2度目の入院と手術で乳房を全部摘出。同時に再建のためのエキスパンダーを入れてもらいました。
⑥8ヶ月後、エキスパンダーをシリコンバッグに入れ替える日帰り手術を受けました。帰りはふらふらだったけど、一応日帰りできて、たいした負担ではありませんでした。(お財布以外は・・・とほほ)
入院についての詳しい話などはまた項をあらためて書くとします。入院は入院でまた色々笑っちゃうような体験がありましたので。
今は再建を決意したがために「結局今どういうことになっているか」って話。
前にも書きましたが、切り取った乳房を精密な病理検査にかけた結果、結局乳房の下側にもがん細胞が広がっていることがわかったのです。
ドクターは言いました。「これは、温存では救えない胸だったね」と。
つまり、全摘して正解!だったわけです。
結果的にね。
この「結果的に」ってところが肝心です。
だって、全摘しなかったかもしれないんだから。
あたしの中の”ノーテンキ部門”は、「やっぱあたしって運がいいなあ。全摘にしといてよかった」と思うわけですが、”理屈っぽい部門”では「これ、もしも温存してたらどうなったんだ?」と考えずにはいられないわけですよ。
がん細胞は広がっていたわけですが、それはマンモグラフィにも写らないし、もちろんしこりにもなっていません。
ですから、乳首側を追加切除して、その断端にがん細胞がなかったら、一応「取りきれた」ということになって、放射線治療に入っていたかもしれません。
その後抗がん剤。これで、微細ながん細胞を叩くわけです。
とすると、乳房の下側にあった”しこり未満”のがん細胞は、消えていたかもしれません。
本人も医者もその存在を知らないうちに消えるということです。
で。それがまるっきり「なかったことになる」のかどうか。
なる人もいるのかもしれません。
こういう仮定の話は医者としたことがないので、わかりませんが。
あるいは、一旦抗がん剤でたたけても、何年かしたら再発したかもしれません。かなり広い範囲に広がっていましたから。
その場合、どうでしょう?
また手術です。今度は全摘でしょう。
前の時に放射線を当てられてますから、皮膚は硬くてシリコン再建のオプションは無し、です。
それじゃというので最低2週間はかかると言われる自家組織の再建を受けることになったかしら?
それとも「もう切るのは嫌!」という理由でおっぱいの形は諦めてしまったかしら?
その時あたしは何歳になっているかしら?
年齢とおっぱいの再建にこだわる気持ちはは関係ないけど、「大きな手術は嫌だよー」という気持ちには関係あると思います。
もうひとつ可能性があります。
追加切除を受けて、温存をしたけれど、再び切り口にガンが残っていた場合です。
原則としてガンが取りきれていなかったら放射線は使わない、と言っていましたから、その後もう一回切ることになる・・・・。
さしものあたしも、短期間に3回も切ったら気持ちがへこんでしまうんじゃないかな、と想像します。
悩んだ末に温存を決意した結果がそれなんじゃなおさらですわ。
だけどこれらはみんな、「あり得た」シナリオ。
乳ガンを診断された人全部に起こりえることです。
あたしはたまたまおっぱいの美容にぐだぐだこだわったために、偶然その事態を避けられたってだけのこと。
ほんと、あらかじめわかってたらいいのに!
切ってからわかること、切らないとわからないことのために、患者は気持ちも経済も体力も翻弄されるのです。
そのうち医療技術が進んで、きっと切る前にわかることはもっと増えるでしょう。どこまで切れば安全か、きっちりわかって、追加切除って言葉がなくなる日が来るでしょう。
その日が一日でも早く来ますように!

更新だけじゃなくて新年のご挨拶も遅れてしまいました!
皆様、あけましておめでとうございます。
今年の抱負は、乳癌に邪魔されずにさらになるべく笑う日常と、持ってるネタはさっさとここに書いてしまうぞ、ということです。
去年はおっぱい切ったり、抗がん剤で禿げたり、また毛が生え揃ったり、むくんだり太ったり全くいろいろと変化のある一年でした。
今年はおっぱい建て直したり(今建設中)痩せてすっきりしたり(のろのろと進行中)したいものです。
そうだぜひぜひそうしたいぞ。
仕事の体制も立て直したい。
人に会うたびに「お体大丈夫なんですか?」とか言われない日常を取り戻そうと思います。
今まで日ごろそういうことがほとんどなかったあたしとしては、手術以降、そういう人様のイタワリも、ありがたいというか、珍しくて面白いということもありましたけれども、それはともかく。
いつまでもそんなことでは嫌ですからね。
いい年になりますように!
画像はいささか季節はずれだが、まーいいや。
●外科vs形成外科?
ナーバスになると、自分のナーバスさに自家中毒するというか、つるっと足をすくわれてあとはあっぷあっぷ溺れるみたいになります。
あたしはそれがとにかく嫌いなんですわ。
努めて「あたしは冷静なのよ。小学校の頃からよくそう言われるのよ」などとわけのわからない人の意見に頼って自分を立ち直らせようとします。
見かけはそんな風に見えなかったと思うけどね。
形成のドクターは女性です。
「女性だから話しやすい!」と自己暗示をかけてから、面談に臨みます。
「現時点では、全摘、再建をするか、温存のままいくか、はっきり決まっていないのですね?」と確認されます。
「はい。お話をきいてから、決めます」と答えます。
それから迷いの核心である”ぶっちゃけた話、美容的に考えてどっちがマシなのか”という話に入ります。
●はじめて形成のクリニックに行く
2度目の手術の方針を決めるため、形成のクリニックに行くことになった、という話のつづき。
ここでよーく相談して、もしもやっぱり再建のほうがいいってことになったら、エキスパンダーを病院に送ってもらったりとか、いろいろ手続きが生じるわけですね。
あたしの病院では、同時再建(乳房の切除と同時に再建のためのエキスパンダーを入れてもらう)の場合、それは形成医ではなく、乳腺外科の手でやってもらうことになります。
連携がなされていて、しかるのちに、形成医にバトンタッチされるのです。
告白しますが、ここであたしはまた、クリニックに予約を入れた日を忘れました。
●乳ガン仲間のありがたさ
全摘して再建するのか、このまま少しの追加切除を受けて温存した胸で暮らすのか、まだいまいち迷っているこの時期、あたしはwebで知り合った乳ガン仲間の人とお会いしました。
その人は同時再建手術を受けており、その鮮明な写真を、添付ファイルにして送ってくれたのです。
実際に再建した胸を見たら、SYNDIさんも決心がつくかもしれない、と言ってくれました。
彼女の胸は、温存では救えないことがはっきりしてたそうです。
エキスパンダーをコヒーシブシリコンに入れ替える手術をしてもうじき一月半、になります。
入れ替えて一週間で抜糸。
そのときは内出血のせいでバンバンに腫れてました。 正常な胸より1.5倍でかかった。
(エキスパンダーが入っているときとなんら変わらない。入っている器具は小さくなっているはずなのに)
そのとき注射器2本分の”血抜き”をしてもらったという話はすでに書きました。血を抜いたところだけ、柔らかくなったものです・・・。
その日形成のドクターに「じゃ、これから一ヶ月、がんばって毎日お風呂であっためて、マッサージをしましょう」と指導され・・・・。あれからもう一ヶ月。早いものです。
今週はじめにまた医者に行ってきました。
●切ってみないとわからない
「切られてみなきゃわかんないじゃん」
突如としてあたしは思いました。
そしてすべてのことがこの、「そうなってみなければわからない」という事情によってややこしくなっていることに気がつきました。
そりゃそうでしょ。
たとえばだれかと結婚するとする。
その人は結婚後態度がころっとかわる”こんなはずでは 男”のたぐいかもしれない。
あるいは順調で金持ちのときはきは最高にいい夫だけど、挫折に弱いかもしれない。
ちょっと問題がある子供が生まれたらめそめそ男になってしまってはなはだ頼りないとか、失業して収入が下がったら愚痴愚痴男にへんしーん、などのことがあるかもしれない。
だけど問題のある子供が生まれるかどうかも含めて、人生何が起きるか、どんな事態においてその人がどんな力をもつか、持たないか、あらかじめわかることなんか、わずかです。
起きちゃったら、後戻りもやり直しもきかないのよ。
おっぱい事情もそれと同じ。
●しかしやっぱりいつでもできるわけじゃないのだった
「再建はいつでもできる」と信じたいのはやまやまなれど、医者が、それも自分の主治医がこれだけはっきり言っていることを無視して、信じたいように信じる・・・わけにはいかないよね。
そんなのってちょっと頭悪すぎだもんな、とあたしは思い、さらに人に聞いたり、本を調べたりしました。
,
●「いつでもできる」の誘惑
つらつらぐるぐる考えている時に、メールで乳ガン関係の相談に乗ってくれるお医者さんをみつけました。
読み易い著書もある人だったので、ためしに再建のことも相談してみました。
すると、なんとそこには、放射線をかけたあとに、特に再建が難しくなるとは思わない、少なくとも自分の経験の範囲ではそのようなことはない、というお答えが書かれていました。
平たく言うと、あとから考え直せば、その時に再建できる!
万が一再発して再手術をした場合でも、その時に決心をすれば再建という選択肢がある!
ということになるではありませんか。
なかなか「再建にいたる心情の話」に入っていけませんが、とりあえず抜糸後7日めの今の様子をメモしておきます。
わき腹の内出血の青タン赤タンによる”ユーラシア大陸”は、さらに位置が下がって、ウエストジャストの位置になり、大きさはオーストラリアぐらいに・・・・。位置も下になったからちょうどいいか。(意味不明)
ぱんぱんに腫れていた左胸は、今や少し小さくなり、でこぼこもほぼ消え、だんだん柔らかくなっています。
抜糸後、お風呂合計3回。マッサージも3回。
何か少しは変わっただろうか?という話。
わき腹に出ていた日本地図、何センチか位置が下に移動して、ユーラシア大陸風になってます。 紫色の大陸。ちょっとこわい。
ー。
いよいよ今週の土曜日におっぱい切って、中の食塩水が入ったエキスパンダーを取り出して柔らかいコヒーシブシリコンのバッグに入れ替える、という形成手術を受けることになっております。
今は体力を蓄えているところ。
風邪とかひかないようにしなきゃ。(あたし以外の家族はみんなごほごほしている。涙。)
痒くても皮膚をひっかかないようにしなきゃ。(すぐに赤くなったり、蕁麻疹が出たりする弱い皮膚ですの。冷や汗。)
しかしながらよく洗っておかなくちゃ。(怖くてごしごし洗えなくて、垢がたまっていて形成のスタッフに叱られたことがある。苦笑)
いやなことを考えたくない、要するに病気のことをわすれていたい、という心理から来る”選択的もの忘れ”ってのは、実は今でも続いているのですが(それでよくこんなものを書いてるな、と我ながら感心する)、そのほかにも物理的にドジ気味になる時期がありました。
化学療法・・・つまり抗癌剤を入れている期間です。
ひどかったわー。
2005年の9月、しこりがガンであることがわかって、検査やら治療やらで、病院に行く事が生活の中に入り込みました。
当然その分忙しくなります。
手帳のスケジュール欄が、色とりどりになります。
ところがですね。
手帳にきちんとつけていて、カレンダーにも書き込みをしていますのに、あたしは医者に行くのをころりと忘れていたことがあります。それも複数回。
失われた左のおっぱいは今再建の途中;つまり「工事中につきご迷惑をおかけします。ご協力ありがとうございます」という頭を下げたヘルメットのオジサンのステッカーがあったら貼っておきたい、という状態であることは、前にも書きました。
おととい、この工事中の胸の中に入っているエキスパンダー(要するに皮膚を伸ばしてふくらみを包む余裕を作るための器具)に、最後の生理的食塩水が注入されました。
これでね、来月はもういよいよシリコンバッグに替える手術を受けるのです。伸ばす過程は終わり。
病気ってのは、できたらお付き合いしないで済ませたい、ネガティブなものですから、簡単にネガティブな想念・・・心配や不安や怖れと結びつきます。
偏見、思い込み、誤解、無理解、知識や勉強の不足による頑迷さなども、ティブな想念を加速します。
病気に対処する時、そういうものは通常利益になりませんから、なるべく公平な見方、バランスの取れた知識、冷静で論理的な考え方を採用して、バイアスはぬぐっていこう、不要な心配と必要な心配を区別せねば、と、努力している・・・・つもりなのよ、あたしは。
ええ、努力はしていますとも。
しかしね、周囲の人間も含めて全部が全部いっせーのせ、でお利口さんなことばかり考えるようにはならないのですね。
例えばすごくばかばかしいのですが、うちの母は聖路加国際病院にいわゆる”偏見”を持っていました。
彼女は聖路加と聞くだけでなんとなく”いやーな感じ”、というものを抱くのです。
それで。
500円で前髪切ってもらいながら「夏休みにいきなり服装変わったり髪の毛赤くなったりするいわゆるひとつの”女子高生夏休みデビュー”」などの話をしながら、カツラは何とか普通に装着できる状態に整いました。
激若いおねえさんの、「ついこの間なんだろうなー」と思われる女子高生ネタと、あたしの、「何十年前なんだべ?」とわれながら記憶も彼方の女子高生ネタは、なぜかたいしたすれ違いもみせずに”調和”していたようであります。
女子高生の生態、あまり変わっていないのであろうか?
だけど校則くぐるのに黒髪のカツラってやつはいなかったはずだ!
なんちゃらかんちゃらウソついて、パーマかけてるやつはいたけど。(これは中学。あたしの行った高校は事実上服装に関する校則ゼロであったからして)
校則ゼロでも学校に化粧してくる子は昔はゼロに近かったもんです。でも今はかなり見かける。
ともあれ。Newかつら完成!
その店では、そこで買った製品の場合、カットは安くやってもらえるのです。前髪だけだと500円。
全体をカットしてスタイリングをやり直すとしても2000いくらかなのよ。
それで、切ってもらいにもう一度行ったの。
そのカツラを装着して行こうかとも思ったんだけど「ひきこもりオタク風の女」が電車乗っているのはちょっとコワイので、やっぱりいつものリカちゃん毛髪内帽子でお店に。
試着室で現物をかぶって出てきて鏡の前に座り、前髪を切ってもらう間、そこの激若いおねーさんとしゃべっていたのですが・・・まず質問。
「なぜここの店は人毛カツラをこんなに安く作れるの?」(2万円台は初めてだったので)

瀬戸内寂聴から金属タワシまで、さまざまたとえ話を駆使して描写しておりますけれども、もしや伝わらんこともあるかもしれません。
そこで、絵をつけてみることにしました。
実はあたしはイラストレーターなんです。
これは、カッパになった気分を表したものです。
いいのかこれで。
取り寄せてもらって我が家に持って帰ってきた、若い子用激安しかしながら人毛のカツラ。2万3千いくらか。
家に帰ってきて冷静な目を持って吟味することにします。
色は愛用のリカちゃん毛髪と程近い。
やや薄毛で、あたしの毛が生えていた時のボリュームにも近い。
ヘアスタイルは、内帽子よりはかなり長いですが、まあ長い分には切ってもらえばいいから、家族に意見を聞いてカットしに行けばいいわ。
被る。
前髪が長い! 試着したやつよりうんと長く感じる。
色が濃いからか。
なんなんつーか、見た感じ重いな。
それでも家族に虐げられて押入れに在庫しているフルウィッグよりずっと自然です。
ヘアスタイル自体は、若い子向きだけあって、ものすごーく良くあるやつだから。
ショートっぽくしているけど、裾のところ、首の周りにはねて踊っているやつがあって、顔の周りを、ゆるくウエーブがかかったやつが取り巻く、いわゆる『モテ髪』ってやつ?
モテないけど。髪だけじゃ。どう考えても。
それを、やや暗めの色合いで、あたしの顔に乗っけた場合ですね、今度は何に見えるかというと、シャイなオタクみたいだったです。
パチンコ狂いのもと不良のおばしゃんよりは、シャイなオタクのほうがキャラに合っていると思って、思い切って、朝、ゴミ出しの時に、そのカツラを被って外に出てみました。
人に会わないように、朝5時に出たのよ。
カツラを装着して試着室から出て全身が映る鏡を見てみましたら、これがカツラには見えない。
こういう頭もあり?って感じ。
ありだけど、かなり”不良っぽい”っちゅうか、「ぐれた青春でした」、みたいなおばしゃんにみえるんですわ。
たぶん、色が明るすぎるのよ。
よく、パチンコ店なんかで、タバコくわえながら何時間も遊んでいる、迫力あるおばしゃんがいるじゃないですか。赤い髪の毛して。
ああいう人に見えるのよ。
あたし、そういう人じゃないんですけども。
いや、ホントにカツラって面白いよ。
タバコくわえてがはははは、とか笑ってみたくなったもん。
ともあれ。
若い子向けの激安人毛カツラで、これで色が暗ければいけそう、ってことがわかって、あたしは非常にハッピーになりました。
それで、同じ形(やや薄毛)で「今日被ってきたやつと同じような色のやつ」って言って、取り寄せてもらうことにしました。
それで、「今日かぶってきたやつは、内帽子だから、帽子脱げないの」と説明しました。
そしたら、「これ、全然カツラってことわかりませんね」だって。
あのね。君はカツラ屋さんだろう。
カツラ屋さんとしては、「プロですから人工毛だってことはわかりますけれども、ホントによくできていますね」ぐらいのことは言ってもらいたい気も5パーセントぐらいするけどな。
さて、注文の品は10日後に入荷したんで、あたし取りにいきました。
わくわく。
しつこくつづく。
そしたら、わりとまともなもんがあるじゃないの。
しかも安いのよ!6000円ぐらいからある。
若い販売員が声かけてくれるんだけど、試着するには生頭になんないとならない?
それってためらわれるし。
パルコのなかで、通路から見えるしな。
ほかのお客さんビビるとなんだし。
みんな思い切り若そうだからな。
怖がるかもしれないぞ。
なので、言ってみました。
「あたし、今抗癌治療中で、頭髪がないんです。この髪もウィグなんです。試着したいけど・・・・」
そしたら「今、試着室空けます。荷物いれちゃっているから」とかいってな。
あったんだよ、洋服屋さんと同じカーテンつきの試着室が。(倉庫兼用風だが)
そこに、鏡もあって。
おねえちゃんが次々とお勧めのウィグを運び入れてくれるわけです。
洋服屋さんとまったく同じですね。
で。わかったことがひとつあります。
生頭の頭髪も順調に伸びていますが・・・・”そろそろリカちゃん毛髪状部分カツラ”には飽きてきました。
何度も申し上げますが、これは帽子の下にかぶるメッシュの内帽子に裾の毛と前髪がついているだけのものであり、キャップや帽子を脱ぐと「”河童”のお皿にメッシュがかかっている」といった様相になるため、帽子が決して脱げない、という不便があるのです。
あたしはキャップをしこたま持っているのですが、色をとっかえひっかえするのもこう毎日だとつまんない。
違う頭になりたい。違うあたまに。
帽子のない頭に。
つば広帽子(これもたくさん持っている)もかぶりたいけど、これを室内で絶対脱がない人というのは、ある種異様なんで、いまいち踏み切れんのであります。
さりとて、もうひとつ買ってあるカツラは、暑いだけじゃなくて家族の評判がいまいち。
「老ける」
「ダサい」
「頭でかっ」
「毛が多すぎてキモい」
「一時代前」
ここまで言われますとね、「これ4万近くしたのよ」というセリフもかなりむなしい。っていうか、これ、”いまいち”というレベルじゃないって。
抗癌剤のことについて忘れないうちに書いておこうかと思います。
あたしは化学療法(ECを3週間に一回×4クール)はもう終わってまして、今はホルモン療法に入っています。
その後血液検査で異常がなかったんで、ノルバデックスっていうかなり一般的なお薬を1日1錠のむ(だけ)という生活になっております。
ホルモン療法の他は切った方の乳房の再建をしてる途中。
あたしはこれも治療の一環と思ってます。(保険きかないけど。ぷんぷん)再建については稿を改めて書きます。
抗癌剤は今だんだん体から抜けてるところなんで、やっぱり日に日に元気になっていくというか・・・・あらためて、あれが体に入っている間はフツーじゃなかったのだにゃあ、と感じています。
入っている時は、いまいち頭がぼけてたんで(あたしの場合)、どこがどう不調かってことについても、あんまりよく認識していなかったんだわよ。
脱毛を別にすれば、なんか、”あいまいな”副作用”だったからねー。
あいまいなんだけど、確かにあたしゃ「具合悪ーい」状態だったわけね。
ただでさえ低値安定の生産性がさらにどどーん、と下がっていたから。
もうね、携帯でメール打つとか、そんなこともできなくなってたですね。集中力が落ちて。
打ってる途中で気絶してたから。
携帯片手に気絶。
ふっと眠りに入ってしまう。
(それで気がついたんだけど、あの作業って絶対ストレスかかるよ)
つづく。
