乳房再建

一応の再建が”完了”したのち数ヶ月、バッグはもう動く気配はなくなりました。
寒いとなんだかツレる、って感じはあるにせよ、以前みたいに「ぐるっと回って」しまったりとか、「位置が上がって」しまったりとかしなければ、これでOKということです。これでもうほんとにほんとに落ち着いたのね。
しかしですね。この時点で、実はまだ大きな問題が残っているのです。
これが解決しないと、いまいち「NEWおっぱい完成!」という気分にならないのよね。
それはご存知(何がご存知なんだか)乳首問題です。
乳首、もうついてはいるのですが、これがいかにも不完全なんです。
寒い日が続いています。今日はちょっとマシだけど、全然油断ができないです。
去年の今頃、ドクターから聞かされたセリフが耳にこだまします。
「シリコンは熱を吸収しないので、冬は胸が寒いとおっしゃる方もいますね」
はい。その通りです!
すごく冷たいということはございませんけれども。
心持ち、左側の胸辺りの方が、右よりも寒い。
それから確かこうもきかされました。
皮膚は縮もうとする。寒いとなおのこと縮もうとする。(だからお風呂で温めてマッサージをすること)
このように寒い日が続きますと、その「縮む」ということもなるほどこういうことかとわかってきます。
いえ、実際、見かけ上とかは縮んでなんかないようだし、もちろん風船みたいに縮むんじゃないんだけれども。
説明しましょう。
前回「そもそもカプセルってなんなのさ?」という話の続き。
で。破かれて(切られて?というか裂かれて?)下側をあけてもらったカプセルは、その裂け目にバッグを落とし込んでもらえば、そのうちまたそこにつながるように形成されて、うまいことバッグ全体を包み込むようになるのだそうです。
ふーしーぎー。
体の中のことですから、見えないけども、そういう体の仕組みにお任せするのですね。異物はすべからく包まれるわけです。
もう一つ気になることがあります。
いわゆる『カプセル拘縮』についてです。拘縮したカプセルってどんなものなのかしら?
1ヶ月検診から、もうずいぶん経っちゃった。
ブログのお引越しなどと自分の忙しいのと重なって、ほったらかしになってしまっていて、ごめんなさいまし。
前回、カプセル事などについて、あらたに質問しようと決心した話の続きです。
1ヶ月検診の日、予定通り質問をしました。
ドクターは忙しいので、スタッフに付き合ってもらいました。
このクリニックでは、執刀医でなくても、ほとんどの質問に答えてくれるし、答えられない場合はドクターに聞いておいてくれるので、インフォームド・コンセントについては、ほとんど不安を覚えたことはありません。
まず、カプセルってやつについて。
考えてみたらさ。
カプセルって何?ってことが、あたしわかってなかったわけです。
体に異物が入ったときに、それを包み込むように、自然に体内にできあがる、時々拘縮を起こして、それがやっかいらしい、ということ以上のことは知りません。
カプセルという言葉は一般名詞ですけども、ガチャポンのプラケースとか、風邪薬の2色に分かれているやつとか、あと、カプセルホテルとかを連想しちゃう。しかしこれら、全部おっぱいとは程遠いもんね。うーん。
それで、ストレートに聞きました。
「カプセルっていうのは、実際どんなものなんですか?」
前回、バッグを入れ替えたあと、抜糸をして、その後1ヶ月については、「お風呂に入って暖めて、このように強くマッサージしてください」と言われ、上から揉みほぐしたり、基底部を動かしたり、というマッサージの指導を受けたのです。
やや痛いってぐらいの、強いマッサージでした。
だけど今回は「あまり強くしないで。上から押すようにしてください」という風に変わりました。
指導をしてくれるのは、前回同様、院長先生ではなかったのですが、あたしのケースを全部わかっているわけです。当たり前だけど。
「上を何箇所か糸で留めてありますので、あまり強くバッグを動かすと糸が切れてしまうこともあります。そうなるとまた動きやすくなってしまいますから」
そうか。切れることもあるのね。しつけ糸みたいに?
いよいよ修正後のおっぱいとご対面。といっても、その時は上から見たわけですが・・・・・。自分の胸って上からしか見えないから。
最初に思ったのは、「あ、ぽっこりが消えてる!」でした。
上のほう、鎖骨の下でいきなり膨らんでいたのがなくなり、なだらかな稜線に変わっています。それが下に向かって膨らんでゆき、そしてまあるい曲線を描いてウエストの上部で止まっているわけです。
うまく収まって、そうよそうよ、これが正しい胸の形だわよ、というたたずまいになっています。
内出血も、前の時より少ないのか、表面の皮膚もあまり驚くような色にはなっていません。
10月25日に抜糸してきました。
抜糸は手術の一週間後にスケジュールされます。
縫った傷というのは一週間でだいたいくっつくものらしい。
抜糸までの間は、例によってお風呂には入れません。下半身のシャワーだけ。半身浴も、血行がよくなりすぎるし、上半身の絆創膏の下まで汗かいちゃうから禁止です。
汗、禁止なの。なるべく禁止。
それが、涼しくなるまで手術を待ってもらった理由でもあったのですが、ホルモン剤の影響で、ホットフラッシュによる「いきなり汗ぶわー」みたいな現象もありますから、ただでさえ、なかなか涼しい顔をしていられません。
カレーやキムチなど辛いものなどは、血行がよくなって、傷があるときには出血の原因になるので、控えるように、お酒も同じ理由で一週間は禁止・・・・と、ここまでは、先回と全く同じで、いわばおなじみの注意事項でした。
しかししかし。今回はこれに、特別の注意事項がプラスになったの。
日帰り手術の日、麻酔が醒めて、いよいよ帰る前に、今一度ドクターとの面接があります。
ドクターは言いました。
10月18日に、形成のクリニックで、シリコンバッグの位置を直す手術を受けてきました。バッグがさかさまに回ってしまって、厚みのあるところが上に来ちゃってたのを、本来の位置に戻すためにまた再び切ったのです。
誰が呼んだか”くるりん手術”。(自分だ。たぶん自分が呼んだんだ。だから広まったのに違いない。みんなに言われるんだもん。くるりん手術はどうでしたか?って)
抜糸はまだなので、くるりんが上手に行われているかどうかはまだわかりません。
日帰りだったけど、また前の時みたいに帰りの電車の中で昏倒したりするといけないので、(去年の日記『日帰り手術は甘くなかった』参照)夫が「近くのホテルを予約しておきなさい」と提案してくれまして。
お言葉に甘えて泊まってきました。
しかも夫には手術後迎えに来てもらって、ホテルまで(徒歩10分ぐらい・・・・が、そろりそろりとしか歩けなくなってたから15分以上かかったけど)送ってもらいました。チェックイン(午後1時)まで時間がまだあったから30分ぐらい喫茶店に付き合ってもらって。
「ここで倒れたら先生に知らせてねー」とか言ってね。
さて。来週、バッグの位置を修正する手術をすることになっているので、また体の色々に気を配っております。
相変わらず秘密兵器(スポンジドーナツ)で保護してある移植乳首は、その後なんだかますます色が薄くなっているように思います。
それに乳首の一番高いところが、またちょっとあいまいになっているのでは・・・・?と思ってよく見たら、皮膚が腫れているのでした。
そのこととは別に、実際にバッグが回ってしまった状態で乳首の移植手術を受けて、その後「乳首の位置が合っていないのではないか?」と質問するまでバッグが回っていることを告げられなかったのは、あまりいいことではないとあたしは思っています。
もしもこれがだれも気が付かないほどのトラブルであるのなら(実際服の上からではバッグの問題は誰にもわからないでしょう)修正することを含み済みで乳首の位置を定めるのもおかしな話、ということになります。
バッグを動かさないのだったら、乳首の位置を最初から正しくつけちゃう、その方がバッグの位置の問題も目立たないから、という選択肢も”アリ”なんじゃないかと思うわけです。
さあて。過去の”お絵かきつき手術入院”のことはまたあとで書くとして、9月19日に形成のクリニックで血液検査を受けてきたので、その覚書き。
血液を取るのは、決まりになっているようです。
また体を切るわけだから、血液がちゃんと固まるかとか(そうじゃないと血がどばどば出て死んじゃうもんね)、血液型、白血球赤血球の数、肝機能、血糖値、その他を検査をしなきゃいけないのね。
そのために30ccだか採血。例によって血管が細く、奥にあって脈がみつからないもんだから、腕の2箇所に穴があきます。(だいたいいつもそんなもん)
そのほかに全身麻酔に備えてアレルギーや持病や服用中のクスリについてのお決まりの問診表をfill outして。
これに加えてカウンセリングルームで次回のシリコンバッグの位置を直す手術について説明を聞く、というコースになります。
これはドクターじゃなくて、スタッフ(看護婦さん)が受け持つのですが、その場で答えられない複雑な質問などはドクターにも知らせてくれますから、質問の回答が得られなくて最後まで不安、ってことはあんまりありません。
乳首の修正は後回しにする、と決めた理由のひとつは、いっぺんにやると、しばらくお風呂に入れなくなるってことです。
もう一度一文字に切るので、胸はまた例によって絆創膏で固めて、濡らさないようにして、半身シャワーだけになるわけだけど、下半身の皮膚も取ると、そこも洗えないじゃん?
さてさて。
書くからにはすっきりはっきりニコニコと書きたいと思うあまりに、更新がどろーんと滞っておりました。
この数ヶ月、気持ちが決まってなかったもので。
しかし!いよいよ決めました。
一応すべてのプロセスを終えたはずの再建についてですが。
結局あたくし、再手術日を決めてきました。
さかさまになっている、シリコンバッグの位置を直す手術です。もう少し涼しくなってから、この秋、やってもらいます。
こういうものは、しょせんキリがない、というか、直すっていったって、ホントの意味で元に戻ることはないわけで、常にどうせ不満なわけです。
だけど、改善できる部分はやっておこうか、という気持ちになりました。
本来こういう風に上に厚みがある予定じゃなかったんだからねー。ひっくりかえったのは、不測の事態なわけですよ。
本日病院の日。
4ヶ月に一度病院で処方箋を出してもらって、薬局で女性ホルモンを抑える薬を出してもらう日です。
そのついで?に乳腺外科の主治医といろんなことをしゃべってきました。
たとえばあたしは今乳房再建の途上にいる(順調に行けば終わっていてもよかったんだが)ので、それがあーだこーだでまだ終わっていませんのよ、などということを報告してきたわけです。
あーだこーだ、の部分はこのブログの過去エントリーにほとんど書かれております。
その中であたしは「皮膚が弱くて乳首がなかなか乾かず、その間になんだか形がつぶれてしまった」こと、シリコンバッグが回ってさかさまになってしまった」こと、「それはやっぱりいずれ直してもらおうと思う」「なかなかすんなりいかないものだというのがわかった」ことをしゃべってきました。
失われた左乳房の再建も最終段階を迎え、一応ふくらみも乳首も取り戻した状態になってもう2ヶ月という頃。
1ヶ月はゆうに乾かなかった我が乳首(新しいほう)ですが、いったん乾いた後、世の中が暑くなって汗をしこたまかくようになったら・・・・なんとまたぐじぐじになってしまいました。ショック。
スポンジの下にガーゼを当てていないとスポンジに血だの体液だのがしみこんで、あまり衛生的ではありません。
しかも!見れば古いほうの乳首(移植のために皮膚を取ったため、まだサージカル・テープで傷を保護してある)の一部もただれているではありませんか!
なんて付き合いがいいのでしょう。そんなもん、左右一緒に付き合わなくてもいいのにねえ。
一週間ほど前から、左乳首・・・移植された皮膚が、完全に乾いています。
もう絆創膏をはがすたびにガーゼを替えなくてもよくなりました。
まだ時々血がにじんだりするけど、もうじくじくしてないから大丈夫。ほっとしたわー。永遠に生乾きなのかもと思ったぐらいだから。
生乾きの乳首とさかさまバッグのおっぱいを抱えて一ヶ月。
で。おとといまた形成のクリニックに行って来ました。
入れてあるシリコンバッグが回ってしまう、実際回ってしまっている、という問題の話の続き。
形成のドクターの説明をはしょりますと、こういうことになります。
●バッグが”正常な位置”に戻れば、今下がっているかのように見える乳首の位置が右側と同等に上がり、左右のバランスは問題なくなる。
●戻すための方策として、さらに1ヶ月のマッサージを試してみる。(その際、方向を意識して、ぐるぐると回す、ということをする)
●1ヶ月でどのくらい動くか(戻るか)観察したのち、次の手を考える。
●全然戻らない場合(!)もう一度麻酔をかけて切って(!)バッグをぐるっと回すという手術をすることになる。
●その際、また再び回ってしまうのを避けるために、上のところを皮膚に縫い付けて”固定”する、ということをすることもある。
「でも、それはひきつれたようになることもあるので、あまり・・・」
審美的ではないってことですか?先生?
2週間の間、乾かない乳頭部分にせめて洗ったスポンジ・ドーナツをあてて保護して、診察の日は来ました。
「乾かないんですよね。ずっとじくじくしているんですが」
それに対し、ドクターのお言葉は、「みなさん、このぐらいですね。どうしても」でした。
とりあえず安心していいようです。みんな移植した乳首の皮膚はなかなか正常な状態にはならないのですね。そんなに簡単じゃないわけです。
こんな風に擦りむいたひざ小僧が繰り返し繰り返しむけちゃっているような感じで何週間も過ごすということらしい。
”赤むけ問題”の疑問が解決したので、あたしは思い切って一番気になっていることをきいてみました。
「乳首の位置なんですが・・・ちょっと下過ぎませんか?」
ともあれ。
乳頭を作る日帰り手術のあと、かゆさを我慢する風呂なしの2週間を耐えた後、抜糸。
秘密兵器:スポンジドーナツを渡されてお風呂が解禁になり、そのまた2週間後に傷が乾いているかどうか点検する診療、という手順で、だんだんと乳房は「完成」に近づいて行くのでした。わくわく。
しかしながら。
傷は乾きません。なっかなか乾かない。
じくじくとした汁がしつこく出ていて、それが乾くと黄色っぽいかさぶたみたいのになります。
夜、お風呂に入ると、その黄色いかさぶたがふやけてへらへらっとはがれてしまい、またその下から痛々しいような赤むけの皮膚が出てくる、という繰り返しでした。
乳頭形成手術の抜糸の日に渡された秘密兵器というのは、厚さ1センチぐらいのスポンジを小さなドーナツのように切ったもの。
これをですね、作ったほうの乳首にあてて、テープで留めておくのです。
そうすると、ドーナツの穴のところに”できたての乳首”がハマるわけです。
「こうしておきませんと、ブラジャーなどに押されて、高さがつぶれてしまいますから」と説明されます。
壊れ物を保護する、梱包材みたいなものですね。周りを要塞で囲って高さを守るわけです。
今日からお風呂に入って石鹸で洗ってもいいけれども、洗い終わったらスポンジで乳首を保護して、眠る時にもはずさないようにといわれました。
確かに、うっかりうつぶせに寝てしまいますと、まだまだ”ヤワな”乳首がつぶれてしまうような気がします。
ではブラジャーはどういうものをするのかしら?
いよいよ乳房形成の最終段階の最終段階。乳頭の抜糸の日が来ました。
あたしにとって2週間貼りっぱなしのかゆいかゆいガーゼと絆創膏をはがしてもらう、そして自分の作られた乳首と”初対面”、さらに協力したため少し縮小している”オリジナルの乳首”と”再会”するという、待ち遠しい日でした。
さて。移植された皮膚はそこに”着く”のにたっぷり一週間はかかるのだそうです。それが落ち着くのにまた一週間。
ですから、片方から取った皮膚で乳頭を作る手術のあと、抜糸をするのはその2週間後でした。
抜糸まではガーゼと絆創膏で胸が固めてあります。
つまりね。2週間は自分の乳首は見られないのです。
乳頭を作る手術、およそ30分の間、あたしはドクターに聞いてみたいことを質問することにしました。
考えてみたら自分の形成のドクターと雑談ができる機会などめったにありませんから、無駄にしたらもったいないです。
マイクロ・サージャリーや腹直筋皮弁など、自家組織再建について、先生はどう考えるか、脂肪注入(自分のおなかや太ももの脂肪を取って胸に注入する方法)は実際のところどのぐらい効果があるのか、仮に乳首を刺青によって着色した場合、その色は取れてきたりしないのか、などなど。
麻酔が効いて痛くなくなった乳首形成手術の話のつづき。
健康なほうの乳首と乳輪から、必要な皮膚をはがすのですが、何をされているのか、まるでわからなくなっています。
だけど限定的な場所だけに麻酔をしているわけですから、”何かされている”のはわかります。
切ってるんだな、とかひっぱっているな、とか、今圧迫されるような感じがあったのは、血をふき取ったんだな、とか・・・。
乳首作る形成のお話のさらなる続き。
手術室に入りました。
通常のように仰向けに寝ての手術になります。
部分麻酔で手術をしたことのある方はご存知でしょうが、患者に意識があるといっても、手術中の様子を見学させてくれる、というわけではありません。
少しぐらい見せてくれてもいいのに・・・などとも思いますが、きっと見たら気分が悪くなったり怖くなったりするんでしょうね。
前回の続き。
回復室の壁にはブルーのロールスクリーンが下ろせるようになっていて、「デザイン」のあと、その前に立って写真を撮影することになります。
手術前、手術後を記録に残しておくわけですね。
例によってドクターがフエルトペンで胸にあれこれ線を書き込んで、しるしをつけてくれます。これがデザイン。
左右の位置や高さ、大きさのあたりをつけるわけです。
切る場所のほか、左右対称に近づけるために体の中央がどこか、とか、そういう補助線もたくさん引きます。
ヌードデッサンの勉強している時にもこういうことやるよな、なるほどー、などと感心します。(モデルの体の上に描くわけじゃないけど、絵の上にそういう補助線を引いたりはするのです)
のびたり縮んだりするという手術後の”乳首事情”については、このときにお話をききました。
(過去エントリー『乳首の事情』)
この乳首を形成する手術も、シリコンバッグを入れるのと同様、日帰りでできます。
手術時間は30分ぐらい。
しかも乳首だけだから、部分麻酔で、回復の時間もいりません。
特に絶食とかもしなくていいのです。
終わったらお着替えしてはい、お帰り、という手軽さ。
しかし、ほんと?
あたしは説明を聞いても手術がそんなに簡単だ、というイメージがわきませんでした。
【乳首は伸びたり縮んだりする?】
エキスパンダーをシリコンバッグに入れ替えてから、4ヶ月経ちました。
抜糸後ずっとマッサージをしてきまして、先日、(2007年3月10日土曜日)とうとう再建手術の最終段階である「乳首を作る手術」を受けてきましたので、そのご報告をします。
乳首を作る形成手術は、自分の片方の乳首から皮膚を移植する、という方法と、皮膚をつまんで形を作ってから刺青で色をつける、という方法とがあるのですが、あたしは保険適応になる、前者のやりかたを選択。
だって少しでも費用を安くしなければ。
乳癌で失ったものを再建するのに、どんな材料を使うにしろ(シリコンにしろ入れ墨にしろ)保険がきかないってのがそもそももおかしいんですが、それはともかく。
建設中の左胸を、「柔らかくなれえ~」と念じながらマッサージしている、という話の続き。
昨日ぴったりしたセーターを着ていましたら、娘が「なんか違和感がなくなってきたね」と言って、胸をつついてきました。
そして「あ、固くない」と驚いていました。
エキスパンダーをコヒーシブシリコンに入れ替える手術をしてから2ヶ月、わき腹に降りてきていた内出血による世界地図のようなアザも消え、建設中のおっぱいは一応落ち着いているように見えます。
落ち着いてないで、暴れたら困りますけどね。
だけど稀に入れたシリコンが本当に回ってしまうことがあるらしいのです。
つまり位置がずれてきてしまう。たとえば厚みのある部分が下に来ないで横に回ってしまったりすることがあるらしい。
検診の時に、その話を聞いたときはびっくりしましたよ!
●あとからわかること・先にわかること
長々と再建に至るまでのことを書いてきましたが、今までのことを整理しておきます。
①まず左胸にガンがみつかり、手術をすることになりました。しこりも2センチぐらいで上側で、表面に近いので、問題なく温存の適応と思われました。
②ところがMRIをもっときちんと撮って見たらしこりは3つもあって、ひとつは奥にあることが判明。
ボリュームの4分の1を切り取るというかなり厳しい温存条件に・・・。
③医師に説得される形で温存手術を選択。傷あとも仕上がりも条件の厳しさから考えると”上出来”の類と思われました。しかし、病理検査により、切り口にまだがん細胞があることが判明。
④医師は追加切除でそのまま温存できると判断しましたが、あたしは色々と迷った末に同時再建を決意。(その葛藤が今までの【再建にこだわるあたし】1から15までのエントリーに書いてあるわけです)
⑤2度目の入院と手術で乳房を全部摘出。同時に再建のためのエキスパンダーを入れてもらいました。
⑥8ヶ月後、エキスパンダーをシリコンバッグに入れ替える日帰り手術を受けました。帰りはふらふらだったけど、一応日帰りできて、たいした負担ではありませんでした。(お財布以外は・・・とほほ)
入院についての詳しい話などはまた項をあらためて書くとします。入院は入院でまた色々笑っちゃうような体験がありましたので。
今は再建を決意したがために「結局今どういうことになっているか」って話。
前にも書きましたが、切り取った乳房を精密な病理検査にかけた結果、結局乳房の下側にもがん細胞が広がっていることがわかったのです。
ドクターは言いました。「これは、温存では救えない胸だったね」と。
つまり、全摘して正解!だったわけです。
結果的にね。
この「結果的に」ってところが肝心です。
だって、全摘しなかったかもしれないんだから。
あたしの中の”ノーテンキ部門”は、「やっぱあたしって運がいいなあ。全摘にしといてよかった」と思うわけですが、”理屈っぽい部門”では「これ、もしも温存してたらどうなったんだ?」と考えずにはいられないわけですよ。
がん細胞は広がっていたわけですが、それはマンモグラフィにも写らないし、もちろんしこりにもなっていません。
ですから、乳首側を追加切除して、その断端にがん細胞がなかったら、一応「取りきれた」ということになって、放射線治療に入っていたかもしれません。
その後抗がん剤。これで、微細ながん細胞を叩くわけです。
とすると、乳房の下側にあった”しこり未満”のがん細胞は、消えていたかもしれません。
本人も医者もその存在を知らないうちに消えるということです。
で。それがまるっきり「なかったことになる」のかどうか。
なる人もいるのかもしれません。
こういう仮定の話は医者としたことがないので、わかりませんが。
あるいは、一旦抗がん剤でたたけても、何年かしたら再発したかもしれません。かなり広い範囲に広がっていましたから。
その場合、どうでしょう?
また手術です。今度は全摘でしょう。
前の時に放射線を当てられてますから、皮膚は硬くてシリコン再建のオプションは無し、です。
それじゃというので最低2週間はかかると言われる自家組織の再建を受けることになったかしら?
それとも「もう切るのは嫌!」という理由でおっぱいの形は諦めてしまったかしら?
その時あたしは何歳になっているかしら?
年齢とおっぱいの再建にこだわる気持ちはは関係ないけど、「大きな手術は嫌だよー」という気持ちには関係あると思います。
もうひとつ可能性があります。
追加切除を受けて、温存をしたけれど、再び切り口にガンが残っていた場合です。
原則としてガンが取りきれていなかったら放射線は使わない、と言っていましたから、その後もう一回切ることになる・・・・。
さしものあたしも、短期間に3回も切ったら気持ちがへこんでしまうんじゃないかな、と想像します。
悩んだ末に温存を決意した結果がそれなんじゃなおさらですわ。
だけどこれらはみんな、「あり得た」シナリオ。
乳ガンを診断された人全部に起こりえることです。
あたしはたまたまおっぱいの美容にぐだぐだこだわったために、偶然その事態を避けられたってだけのこと。
ほんと、あらかじめわかってたらいいのに!
切ってからわかること、切らないとわからないことのために、患者は気持ちも経済も体力も翻弄されるのです。
そのうち医療技術が進んで、きっと切る前にわかることはもっと増えるでしょう。どこまで切れば安全か、きっちりわかって、追加切除って言葉がなくなる日が来るでしょう。
その日が一日でも早く来ますように!
●全摘を決心
で。形成での説明を聞いて後、あたしは全摘をしてもらって、同時にエキスパンダーを入れてもらう、という術式を選ぶことを決心するに至りました。
メリットと デメリットをはかりにかけた結果です。
●お医者さんの腕
形成のドクターが見せてくれたさまざまな写真を見て、思ったことは、ドクターの腕のよしあしで患者の運命は全く変わる、へたくそな医者に当たると、なんだかすごく過酷になっちゃうんだな、ということでした。
乳ガンになっただけでも苦しいのに。
クリニックに再建の相談に来る人はさまざまなケースを抱えています。
写真資料の中には、温存とは名ばかりの、ひどいアンバランスな残し方をされてしまった人、それから再建を希望したけれど、エキスパンダーをへんな位置に入れられてしまった人、などのものが含まれていました。
彼女たちはその不満な状態から抜け出すために、このクリニックに来て、胸を作り直したのですね。
それぞれ、ずいぶんきれいに直されていました。
そういうケースを見たときのショックというのは、うまく言葉になりません。
●外科vs形成外科?
ナーバスになると、自分のナーバスさに自家中毒するというか、つるっと足をすくわれてあとはあっぷあっぷ溺れるみたいになります。
あたしはそれがとにかく嫌いなんですわ。
努めて「あたしは冷静なのよ。小学校の頃からよくそう言われるのよ」などとわけのわからない人の意見に頼って自分を立ち直らせようとします。
見かけはそんな風に見えなかったと思うけどね。
形成のドクターは女性です。
「女性だから話しやすい!」と自己暗示をかけてから、面談に臨みます。
「現時点では、全摘、再建をするか、温存のままいくか、はっきり決まっていないのですね?」と確認されます。
「はい。お話をきいてから、決めます」と答えます。
それから迷いの核心である”ぶっちゃけた話、美容的に考えてどっちがマシなのか”という話に入ります。
●はじめて形成のクリニックに行く
2度目の手術の方針を決めるため、形成のクリニックに行くことになった、という話のつづき。
ここでよーく相談して、もしもやっぱり再建のほうがいいってことになったら、エキスパンダーを病院に送ってもらったりとか、いろいろ手続きが生じるわけですね。
あたしの病院では、同時再建(乳房の切除と同時に再建のためのエキスパンダーを入れてもらう)の場合、それは形成医ではなく、乳腺外科の手でやってもらうことになります。
連携がなされていて、しかるのちに、形成医にバトンタッチされるのです。
告白しますが、ここであたしはまた、クリニックに予約を入れた日を忘れました。
●乳ガン仲間のありがたさ
全摘して再建するのか、このまま少しの追加切除を受けて温存した胸で暮らすのか、まだいまいち迷っているこの時期、あたしはwebで知り合った乳ガン仲間の人とお会いしました。
その人は同時再建手術を受けており、その鮮明な写真を、添付ファイルにして送ってくれたのです。
実際に再建した胸を見たら、SYNDIさんも決心がつくかもしれない、と言ってくれました。
彼女の胸は、温存では救えないことがはっきりしてたそうです。
●けっこう孤独なおっぱい
すぐに夫に病理検査の結果報告をしました。
残念ながら再手術決定、ということです。
形成の先生にも相談をしてから、全摘して再建するか、更なる追加切除をしても温存をして、放射線をかける道をとるか、決める、という話をしました。
「放射線をかけたらほんとにほんとに再建が無理なのかどうか、形成の先生にももう一度確かめてくるよ」
ほんとにもっとゆっくりと考えられれば一番いいのに、と思いながらあたしは言いました。
時は年末。次の手術は一月の終わり。手術日までの間にはお正月イベントがあるし、何かと気がまぎれるだろうな、という時期でした。
あたしは新しいセーターを買って着ていました。
比較的ぴったりしたセーターで、胸のラインが出る、みたいなのがあたしの好みです。
夫はふいにききました。
●再建への幻想 温存への幻想
さて。ガンの取り残しがあって、再手術が必要なことが確実になったので、次の手術日を予約することになりました。
すぐにはベッドがあきませんから、1ヶ月以上先になります。
あたしはこの時点で、まだ本当に全摘に踏み切るのかどうか、はっきりと決心がついていませんでした。
それは、主治医が「今の胸だって、再建と同じぐらいの出来だよ!」と言ったからです。
そこまで言うか・・・と、あたしは絶句しました。
再建で作られる胸は、”へたくそな美大生がうっかり描いたデッサンみたいな胸”以下?ってこと?同程度ってこと?
この表現はまあ、あたし独自のものだけどさ、これより悪くなるとしたらわりに合わないでしょう。
再建には100万円ぐらいはかかるのです。
エキスパンダーをコヒーシブシリコンに入れ替える手術をしてもうじき一月半、になります。
入れ替えて一週間で抜糸。
そのときは内出血のせいでバンバンに腫れてました。 正常な胸より1.5倍でかかった。
(エキスパンダーが入っているときとなんら変わらない。入っている器具は小さくなっているはずなのに)
そのとき注射器2本分の”血抜き”をしてもらったという話はすでに書きました。血を抜いたところだけ、柔らかくなったものです・・・。
その日形成のドクターに「じゃ、これから一ヶ月、がんばって毎日お風呂であっためて、マッサージをしましょう」と指導され・・・・。あれからもう一ヶ月。早いものです。
今週はじめにまた医者に行ってきました。
●結局どうなったか
結局あたしはチャートの中にピンク色の○が示されている、その順序をたどることになりました。
最初の切除で、ガンの組織は全部取りきれていなかったのです。
あたしにとっては、再切除を受けることイコール、「全摘して再建する可能性を考える」ということでした。
では最初の手術のあと、おっぱいはどんな状態だったか?
●フローチャートを作って考えてみる
何がどうなる可能性があるのか、頭がこんがらがりそうだったので、あたしたちはフローチャートを作ってみました。

だいたいこういうやつです。
●切ってみないとわからない
「切られてみなきゃわかんないじゃん」
突如としてあたしは思いました。
そしてすべてのことがこの、「そうなってみなければわからない」という事情によってややこしくなっていることに気がつきました。
そりゃそうでしょ。
たとえばだれかと結婚するとする。
その人は結婚後態度がころっとかわる”こんなはずでは 男”のたぐいかもしれない。
あるいは順調で金持ちのときはきは最高にいい夫だけど、挫折に弱いかもしれない。
ちょっと問題がある子供が生まれたらめそめそ男になってしまってはなはだ頼りないとか、失業して収入が下がったら愚痴愚痴男にへんしーん、などのことがあるかもしれない。
だけど問題のある子供が生まれるかどうかも含めて、人生何が起きるか、どんな事態においてその人がどんな力をもつか、持たないか、あらかじめわかることなんか、わずかです。
起きちゃったら、後戻りもやり直しもきかないのよ。
おっぱい事情もそれと同じ。
●しかしやっぱりいつでもできるわけじゃないのだった
「再建はいつでもできる」と信じたいのはやまやまなれど、医者が、それも自分の主治医がこれだけはっきり言っていることを無視して、信じたいように信じる・・・わけにはいかないよね。
そんなのってちょっと頭悪すぎだもんな、とあたしは思い、さらに人に聞いたり、本を調べたりしました。
,
●「いつでもできる」の誘惑
つらつらぐるぐる考えている時に、メールで乳ガン関係の相談に乗ってくれるお医者さんをみつけました。
読み易い著書もある人だったので、ためしに再建のことも相談してみました。
すると、なんとそこには、放射線をかけたあとに、特に再建が難しくなるとは思わない、少なくとも自分の経験の範囲ではそのようなことはない、というお答えが書かれていました。
平たく言うと、あとから考え直せば、その時に再建できる!
万が一再発して再手術をした場合でも、その時に決心をすれば再建という選択肢がある!
ということになるではありませんか。
調べ物というのは、「ほんとにそうなの?」ということでした。
本当に、温存をしたら、もう「再建はあきらめなければならない」のかどうか。
2005年10月にガンだってことが確定して、12月には手術することになっていて、それまでの間に温存でいくのかどうか決心することになっていました。
それまでの間に、人に聞いたり、本を読んだりしました。
その時点で目を通した本には、放射線をかけた後の再建は「できなくなる」あるいは「大変むずかしくなる」と、はっきり書いてある本はみつかりませんでした。(もう少しあとで見つかったけど)
●放射線が再建を難しくする?
10月25日のエントリーのつづき。(間があいてしまいました)
さて。乳房の一部切除(温存)と全摘出&再建とを比べた場合、どちらがより自分の希望に沿った結果になるのか、というのは、そうは簡単なことではないな、と思いましたっていう話でしたね。
美容は主観も入るし、再発その他に関わる運も、医者の腕も、その後の自分の心の成り行きにも影響されるから、「希望に添った結果」は簡単には見えてこないのです。
簡単なことではないのですが、実は考える時間はあまりありませんでした。
今考えないとならない、告知を受けて、最初の手術を受けるその時点で、自分がどのように考え、感じる人間かを、ある程度わかっていないとならなかったのです。
なかなか「再建にいたる心情の話」に入っていけませんが、とりあえず抜糸後7日めの今の様子をメモしておきます。
わき腹の内出血の青タン赤タンによる”ユーラシア大陸”は、さらに位置が下がって、ウエストジャストの位置になり、大きさはオーストラリアぐらいに・・・・。位置も下になったからちょうどいいか。(意味不明)
ぱんぱんに腫れていた左胸は、今や少し小さくなり、でこぼこもほぼ消え、だんだん柔らかくなっています。
抜糸後、お風呂合計3回。マッサージも3回。
何か少しは変わっただろうか?という話。
わき腹に出ていた日本地図、何センチか位置が下に移動して、ユーラシア大陸風になってます。 紫色の大陸。ちょっとこわい。
ー。
土曜日、抜糸してもらいました。
傷口はがーっちりガーゼと絆創膏で固めてあり、一週間お風呂禁止(下半身のシャワーはOK)でそのままって状態だったので、皮膚はかぶれきっており、(かぶれ止めのスプレーはしてもらってたけど、しかし)、うううう、早くこれはずしたいよー、どうなっているのか見たいよー、という気持ちでした。
明日抜糸なのですが、今バッグを入れ替えた胸の下、ウエストまでのあたりに”日本地図”できてます。青タン赤タンって感じの内出血で。(笑)
これは、手術の時の内出血が「下に降りてくる」のだと、あらかじめ説明されていました。内出血が下のほうに「移動する」という言い方もされました。
ですから、「あー、あの時言ってたやつ、これか!」とわかるのです。
あたしが乳房再建に「こだわることにしようっと」と決めたいきさつについて、書くことにします。
それは、そもそも左胸にガンがあると告知され、それはまだ「2センチ程度の初期ガンである」し、「そのすぐ隣にある娘細胞も小さい」から、「当然温存手術が可能です」と言われた時点で始まりました。
「温存」という言葉の響きは、いかにもおだやかです。
悪いところだけ切り取って、あとは自分の胸のふくらみをそのまま残す、という、手術のテクニックは、「患者の満足度も高い」ということになっています。
日帰り手術が甘くないってことは、前のエントリーに書きましたが、このクリニックには入院施設はないのですね。
ですから、遠方から来た人は、近くのホテルなどに部屋を取って、手術後一泊して帰ることになっています。
院長の携帯番号は渡されますし、ホテルも一応提携しているそうです。
あたしは一時間15分ぐらいで帰れるところに住んでますんで「電車で帰ります」という希望が通ることになっていました。
ホテルをとってもいいよ、と夫に言われたんだけど、土曜日だというので、すでにいっぱいでした。高い部屋なら空いていたかも知れないけど。
患者を手術後1、2時間で外に出す(?)のには、色々と手順があるようでした。
つまりね、「もっと休みたいにゃー、眠っていたいにゃー」と思うようなタイミングなんだけど起こされるんですよ。
形成のクリニックは、聖路加病院内にはありません。
これは品川から15分ぐらい、泉岳寺から1分ぐらいのところにあります。
このクリニックが聖路加とチームになっているのです。連絡が直で回ってきますからツーカーです。
聖路加で乳房切除術を受ける際についでにティシュー・エキスパンダーを大胸筋のところにいれてもらったあと、形成を続ける人はこのクリニックにバトンタッチするわけです。
月に一回、生理的食塩水をを入れて膨らませる通院と、このバッグ入れ替えの日帰り手術、乳首を形成する日帰り手術など、もろもろがこちらで行われるわけ。
バッグ入れ替え術を受けるその朝、まず、病室に入ります。そこでガイダンスを受ける。
10月21日土曜日、シリコンバッグに入れ替える手術は無事おわりました。
付き添いに来ていた夫はドクターに「きれいにできましたよー」みたいなことを言われたそうだ。
付き添い、というのは、夫に直前にたのんだのだった。
病院のスタッフに、何度も何度も「当日はどのような交通手段でお帰りになりますか?」ときかれ、「付き添いの方はどなたですか?」とたずねられたせいなの。
うー、どうも最初に一人で電車乗って帰ります、って言ったことを全然きいてないみたいだなー、と思ったのね。
もう、普通だったら誰か来るのよ、って感じで責められているような気がしてきたんで。
ちなみに、手術直後は、車の運転、自転車の運転NGです。
全身麻酔かけてますから、さめてもいまいちぼやっとしているし、痛み止めで強い眠気が来る事があります。
筋肉も腫れているから腕動かすと痛い。自転車のハンドルなども思うように取れないでしょう。
また、飛行機も禁止。気圧が変わると出血がひどくなることがあるからだそうです。
まあ、そんなことで、夫に来てもらったのですが、来てもらって正解でした。
あたしはクリニックから出て品川駅まで15分歩くところまでは全然元気いっぱいだったのですが、電車の中で気持ち悪くなり、「うーむ、吐いたらあかんな」と思って夫に「吐き気するからいったん降りる」と告げたのです。
いよいよ今週の土曜日におっぱい切って、中の食塩水が入ったエキスパンダーを取り出して柔らかいコヒーシブシリコンのバッグに入れ替える、という形成手術を受けることになっております。
今は体力を蓄えているところ。
風邪とかひかないようにしなきゃ。(あたし以外の家族はみんなごほごほしている。涙。)
痒くても皮膚をひっかかないようにしなきゃ。(すぐに赤くなったり、蕁麻疹が出たりする弱い皮膚ですの。冷や汗。)
しかしながらよく洗っておかなくちゃ。(怖くてごしごし洗えなくて、垢がたまっていて形成のスタッフに叱られたことがある。苦笑)
失われた左のおっぱいは今再建の途中;つまり「工事中につきご迷惑をおかけします。ご協力ありがとうございます」という頭を下げたヘルメットのオジサンのステッカーがあったら貼っておきたい、という状態であることは、前にも書きました。
おととい、この工事中の胸の中に入っているエキスパンダー(要するに皮膚を伸ばしてふくらみを包む余裕を作るための器具)に、最後の生理的食塩水が注入されました。
これでね、来月はもういよいよシリコンバッグに替える手術を受けるのです。伸ばす過程は終わり。
乳首と言えば。
先日、水を入れたときに、クリニックのスタッフの人が気になることを言っていました。
おっぱいを切除したあとの傷は、胸の上にヨコ一直線に横切っているのですが、その一直線の一部を指差して・・・・。
「ここ、この色は乳首が残っているんですね」と、言うのです。
エキスパンダーが入った胸は”固い”って話の続き。
今、左胸には270ccの水が入っているんですわ。
正確には270ccの水で膨らんだバッグ、です。あとたぶん30cc 足すことになると思います。
乳房を切り取ったときに、皮膚も切ってますし、皮膚が足りないから伸ばすんだろうな、たぶん。
皮膚って伸びるんだよね。
そりゃそうだ。
太ればその分体の表面積は増えるもんね。
妊娠した時もうにーっと伸びていたし。だけど縮んだし。
すごいわ。皮膚って。融通がきいて。
で。
いっぱいいっぱいに伸ばされた胸に、何かがぶつかったりすると、鈍く痛い!です。
クッションとしては、柔らかい脂肪にくらべると、あんまり優しい感触ではないからね。直接衝撃が”どうん”、とくる感じです。
電車の中なんかで、人に胸がぶつかったりすると、たぶんホンモノの胸ならふわっとか、ぽよん、とかぷりんとか、まあとにかく柔らか系の感触を”与える”であろうと思います。(だよね?)
あたしは、『左乳房全摘出同時再建』という手術を受けております。今年の1月末のことです。
『全摘出』というのは、乳腺を全部切り取るという意味です。乳癌は乳腺にできる癌だから、それを全部取るわけ。
『全摘』の反対語はいわゆる『温存』。
癌のある部分だけ切り取って、あとの部分はなるべく残そうというのがこれです。
あたしは一回目の手術ではこの『温存』をしてもらいました。癌の部分だけ切り取ってあとは温存し、すこし小さめのおっぱいになってたわけです。
生頭通信5: 7/02
シャンプーはラクだ。
顔を洗うときの石鹸をあたまに回してくりくりっとやればいいのである。
タオルでごしごしやることもできる。
大変さっぱりする。
化学療法の間、痒い時だけは、バルガスなどの薬用シャンプーとリンスを一滴ばかしずつ使っていた。効果アリ。かゆみが吹き飛ぶ。
頭をごしごし洗っているくせに、胸の方はそーっと泡つけて洗うだけにしていた。(再建のためのエキスパンダーが入っているため、皮がいっぱいいっぱいまで伸ばされていて、押すと痛いからだ)
そしたら、先日、何度目かの水を注入する時に、「垢がたまっています。もっとごしごし洗ってください。汚れがたまると皮膚も伸びが悪くなるし、シミができたりして、色が悪い仕上がりになるから」といわれた。
形成外科って厳しい。
今310CC入っているけど、まだまだ入れるらしい。(健康な胸の1.5倍ぐらいまで大きくして、皮が充分伸びた状態でシリコンに入れ替えるのだという)
胸と言うのはCCで測るものなんだわな。(頭から話がずれているけどご容赦ね)