検査の最近のブログ記事


 質問してみないと知らされないことというのは山のようにあります。
 それから、トラブルが起きた人以外は結局知らないで終わっちゃう(知らないほうがいいかもしれないんだけど)リスクというのも、あるわけです。

 再建のために入れたシリコンバッグが、正しい位置に収まらず、入れた後に動いて上下がさかさまになってしまう、という・・・・あたしが今見舞われているトラブルですけども、・・・・それも、こういうことになったから対処しているだけで、こういうことにならなかったら、そんなの関係ねー、の世界なのかもしれません。

  この乳首を形成する手術も、シリコンバッグを入れるのと同様、日帰りでできます。
 手術時間は30分ぐらい。

 しかも乳首だけだから、部分麻酔で、回復の時間もいりません。
 特に絶食とかもしなくていいのです。
 終わったらお着替えしてはい、お帰り、という手軽さ。
 
 しかし、ほんと?
 あたしは説明を聞いても手術がそんなに簡単だ、というイメージがわきませんでした。

【術後1年経ったのだった 2】

 術後一年目マンモグラフィは異常なしだったものの、ちょっと気になるものがありました。

 それは、手術した、左の胸にぽつん、と硬いおできのようなものが出来ていること。
 痛くも痒くもなくて、単にぽつっと硬い。
 場所は中央寄りで、最初のしこりが見つかった乳首のヨコよりも、谷間に近い表面です。


 これの正体がわかりません

 3月6日にマンモグラフィを撮って来ました。
 全摘の手術を受けたのが2006年2月ですから、もう1年経ってしまったことになるわけです。

 この日は
●マンモグラフィを撮って、
●ドクターの診察を受けて、体調などの報告をして、
●ホルモン療法の薬(ノルバデックス)の4ヶ月分の処方箋をもらって(できたら少しでも安くなるよう、ジェネリック薬品にしてもらえないか相談して)
●次回(約4ヶ月後)の予約をして、
●窓口に忘れていた保険会社の請求のために診断書を請求して、

以上おしまい、というメニュー。

 頭のメモリが1ビットぐらいの人なので(ビョーキをする前からそうですの)、電車の中で手帳に書いてこれに臨むのであります。

 乳ガンの手術を受けてから、ちょうど1年の月日が経ちました。
 そろそろ一年目の検査(その後”無事”なのかどうか見張るってやつですね)の日程が近づいています。
 その前に手術と入院がどんなだったか、ってのを書いてみます。

 1月24日【再建にこだわるあたし16】にも書いたようにあたしは手術は2回受けました。
 一度目は2004年の12月。二度目は2005年の1月末です。
 
 一度目の時、まず驚いたのが、その入院日程の短さです。

●あとからわかること・先にわかること

 長々と再建に至るまでのことを書いてきましたが、今までのことを整理しておきます。

①まず左胸にガンがみつかり、手術をすることになりました。しこりも2センチぐらいで上側で、表面に近いので、問題なく温存の適応と思われました

ところがMRIをもっときちんと撮って見たらしこりは3つもあって、ひとつは奥にあることが判明。
ボリュームの4分の1を切り取るというかなり厳しい温存条件に・・・。

③医師に説得される形で温存手術を選択。傷あとも仕上がりも条件の厳しさから考えると”上出来”の類と思われました。しかし、病理検査により、切り口にまだがん細胞があることが判明。

④医師は追加切除でそのまま温存できると判断しましたが、あたしは色々と迷った末に同時再建を決意。(その葛藤が今までの【再建にこだわるあたし】1から15までのエントリーに書いてあるわけです)

⑤2度目の入院と手術で乳房を全部摘出。同時に再建のためのエキスパンダーを入れてもらいました。

⑥8ヶ月後、エキスパンダーをシリコンバッグに入れ替える日帰り手術を受けました。帰りはふらふらだったけど、一応日帰りできて、たいした負担ではありませんでした。(お財布以外は・・・とほほ)

 入院についての詳しい話などはまた項をあらためて書くとします。入院は入院でまた色々笑っちゃうような体験がありましたので。

 今は再建を決意したがために「結局今どういうことになっているか」って話。

 前にも書きましたが、切り取った乳房を精密な病理検査にかけた結果、結局乳房の下側にもがん細胞が広がっていることがわかったのです。 

 ドクターは言いました。「これは、温存では救えない胸だったね」と。
 つまり、全摘して正解!だったわけです。

 結果的にね。
 この「結果的に」ってところが肝心です。
 だって、全摘しなかったかもしれないんだから。
 
 あたしの中の”ノーテンキ部門”は、「やっぱあたしって運がいいなあ。全摘にしといてよかった」と思うわけですが、”理屈っぽい部門”では「これ、もしも温存してたらどうなったんだ?」と考えずにはいられないわけですよ。

 がん細胞は広がっていたわけですが、それはマンモグラフィにも写らないし、もちろんしこりにもなっていません。
 ですから、乳首側を追加切除して、その断端にがん細胞がなかったら、一応「取りきれた」ということになって、放射線治療に入っていたかもしれません。
 その後抗がん剤。これで、微細ながん細胞を叩くわけです。

 とすると、乳房の下側にあった”しこり未満”のがん細胞は、消えていたかもしれません
 本人も医者もその存在を知らないうちに消えるということです。

 で。それがまるっきり「なかったことになる」のかどうか。
 
 なる人もいるのかもしれません。
 こういう仮定の話は医者としたことがないので、わかりませんが。

 あるいは、一旦抗がん剤でたたけても、何年かしたら再発したかもしれません。かなり広い範囲に広がっていましたから。

 その場合、どうでしょう?
 
 また手術です。今度は全摘でしょう。
 前の時に放射線を当てられてますから、皮膚は硬くてシリコン再建のオプションは無し、です。
 それじゃというので最低2週間はかかると言われる自家組織の再建を受けることになったかしら?

 それとも「もう切るのは嫌!」という理由でおっぱいの形は諦めてしまったかしら?
 その時あたしは何歳になっているかしら?
 年齢とおっぱいの再建にこだわる気持ちはは関係ないけど、「大きな手術は嫌だよー」という気持ちには関係あると思います。

 もうひとつ可能性があります。
 追加切除を受けて、温存をしたけれど、再び切り口にガンが残っていた場合です。

 原則としてガンが取りきれていなかったら放射線は使わない、と言っていましたから、その後もう一回切ることになる・・・・。

 さしものあたしも、短期間に3回も切ったら気持ちがへこんでしまうんじゃないかな、と想像します。
 悩んだ末に温存を決意した結果がそれなんじゃなおさらですわ。

 だけどこれらはみんな、「あり得た」シナリオ。
 乳ガンを診断された人全部に起こりえることです。
 あたしはたまたまおっぱいの美容にぐだぐだこだわったために、偶然その事態を避けられたってだけのこと。
 
 ほんと、あらかじめわかってたらいいのに!
 切ってからわかること、切らないとわからないことのために、患者は気持ちも経済も体力も翻弄されるのです。

 そのうち医療技術が進んで、きっと切る前にわかることはもっと増えるでしょう。どこまで切れば安全か、きっちりわかって、追加切除って言葉がなくなる日が来るでしょう。

 その日が一日でも早く来ますように!

●けっこう孤独なおっぱい

 すぐに夫に病理検査の結果報告をしました。
残念ながら再手術決定、ということです。
 形成の先生にも相談をしてから、全摘して再建するか、更なる追加切除をしても温存をして、放射線をかける道をとるか、決める、という話をしました。

 「放射線をかけたらほんとにほんとに再建が無理なのかどうか、形成の先生にももう一度確かめてくるよ
ほんとにもっとゆっくりと考えられれば一番いいのに、と思いながらあたしは言いました。

 時は年末。次の手術は一月の終わり。手術日までの間にはお正月イベントがあるし、何かと気がまぎれるだろうな、という時期でした。
 
 あたしは新しいセーターを買って着ていました。
 比較的ぴったりしたセーターで、胸のラインが出る、みたいなのがあたしの好みです。

 夫はふいにききました。

●結局どうなったか

 結局あたしはチャートの中にピンク色の○が示されている、その順序をたどることになりました。

 最初の切除で、ガンの組織は全部取りきれていなかったのです
 あたしにとっては、再切除を受けることイコール、「全摘して再建する可能性を考える」ということでした。

 では最初の手術のあと、おっぱいはどんな状態だったか?

 明日抜糸なのですが、今バッグを入れ替えた胸の下、ウエストまでのあたりに”日本地図”できてます。青タン赤タンって感じの内出血で。(笑)

 これは、手術の時の内出血が「下に降りてくる」のだと、あらかじめ説明されていました。内出血が下のほうに「移動する」という言い方もされました。

 ですから、「あー、あの時言ってたやつ、これか!」とわかるのです。

 あたしが乳房再建に「こだわることにしようっと」と決めたいきさつについて、書くことにします。

 それは、そもそも左胸にガンがあると告知され、それはまだ「2センチ程度の初期ガンである」し、「そのすぐ隣にある娘細胞も小さい」から、「当然温存手術が可能です」と言われた時点で始まりました。

 「温存」という言葉の響きは、いかにもおだやかです。
 悪いところだけ切り取って、あとは自分の胸のふくらみをそのまま残す、という、手術のテクニックは、「患者の満足度も高い」ということになっています。