治療の最近のブログ記事

 本日病院の日
 4ヶ月に一度病院で処方箋を出してもらって、薬局で女性ホルモンを抑える薬を出してもらう日です。

 そのついで?に乳腺外科の主治医といろんなことをしゃべってきました。
 たとえばあたしは今乳房再建の途上にいる(順調に行けば終わっていてもよかったんだが)ので、それがあーだこーだでまだ終わっていませんのよ、などということを報告してきたわけです。

 あーだこーだ、の部分はこのブログの過去エントリーにほとんど書かれております。

 その中であたしは「皮膚が弱くて乳首がなかなか乾かず、その間になんだか形がつぶれてしまった」こと、シリコンバッグが回ってさかさまになってしまった」こと、「それはやっぱりいずれ直してもらおうと思う」「なかなかすんなりいかないものだというのがわかった」ことをしゃべってきました。

 

【術後1年経ったのだった 3】

 あたしの癌はホルモンレセプターが大変強くあるタイプのものだったので、術後4クールの抗がん剤を終えたあとは、内分泌療法;いわゆるホルモン療法に入っております。

 ノルバデックスという、大変一般的なお薬を処方されていて、これで女性ホルモンを阻害しているわけです。

 癌が女性ホルモンを栄養にしてでかくなってしまうタチのものなので、栄養を与えないようにして、成長のチャンスをつぶす、ということですね。

●あとからわかること・先にわかること

 長々と再建に至るまでのことを書いてきましたが、今までのことを整理しておきます。

①まず左胸にガンがみつかり、手術をすることになりました。しこりも2センチぐらいで上側で、表面に近いので、問題なく温存の適応と思われました

ところがMRIをもっときちんと撮って見たらしこりは3つもあって、ひとつは奥にあることが判明。
ボリュームの4分の1を切り取るというかなり厳しい温存条件に・・・。

③医師に説得される形で温存手術を選択。傷あとも仕上がりも条件の厳しさから考えると”上出来”の類と思われました。しかし、病理検査により、切り口にまだがん細胞があることが判明。

④医師は追加切除でそのまま温存できると判断しましたが、あたしは色々と迷った末に同時再建を決意。(その葛藤が今までの【再建にこだわるあたし】1から15までのエントリーに書いてあるわけです)

⑤2度目の入院と手術で乳房を全部摘出。同時に再建のためのエキスパンダーを入れてもらいました。

⑥8ヶ月後、エキスパンダーをシリコンバッグに入れ替える日帰り手術を受けました。帰りはふらふらだったけど、一応日帰りできて、たいした負担ではありませんでした。(お財布以外は・・・とほほ)

 入院についての詳しい話などはまた項をあらためて書くとします。入院は入院でまた色々笑っちゃうような体験がありましたので。

 今は再建を決意したがために「結局今どういうことになっているか」って話。

 前にも書きましたが、切り取った乳房を精密な病理検査にかけた結果、結局乳房の下側にもがん細胞が広がっていることがわかったのです。 

 ドクターは言いました。「これは、温存では救えない胸だったね」と。
 つまり、全摘して正解!だったわけです。

 結果的にね。
 この「結果的に」ってところが肝心です。
 だって、全摘しなかったかもしれないんだから。
 
 あたしの中の”ノーテンキ部門”は、「やっぱあたしって運がいいなあ。全摘にしといてよかった」と思うわけですが、”理屈っぽい部門”では「これ、もしも温存してたらどうなったんだ?」と考えずにはいられないわけですよ。

 がん細胞は広がっていたわけですが、それはマンモグラフィにも写らないし、もちろんしこりにもなっていません。
 ですから、乳首側を追加切除して、その断端にがん細胞がなかったら、一応「取りきれた」ということになって、放射線治療に入っていたかもしれません。
 その後抗がん剤。これで、微細ながん細胞を叩くわけです。

 とすると、乳房の下側にあった”しこり未満”のがん細胞は、消えていたかもしれません
 本人も医者もその存在を知らないうちに消えるということです。

 で。それがまるっきり「なかったことになる」のかどうか。
 
 なる人もいるのかもしれません。
 こういう仮定の話は医者としたことがないので、わかりませんが。

 あるいは、一旦抗がん剤でたたけても、何年かしたら再発したかもしれません。かなり広い範囲に広がっていましたから。

 その場合、どうでしょう?
 
 また手術です。今度は全摘でしょう。
 前の時に放射線を当てられてますから、皮膚は硬くてシリコン再建のオプションは無し、です。
 それじゃというので最低2週間はかかると言われる自家組織の再建を受けることになったかしら?

 それとも「もう切るのは嫌!」という理由でおっぱいの形は諦めてしまったかしら?
 その時あたしは何歳になっているかしら?
 年齢とおっぱいの再建にこだわる気持ちはは関係ないけど、「大きな手術は嫌だよー」という気持ちには関係あると思います。

 もうひとつ可能性があります。
 追加切除を受けて、温存をしたけれど、再び切り口にガンが残っていた場合です。

 原則としてガンが取りきれていなかったら放射線は使わない、と言っていましたから、その後もう一回切ることになる・・・・。

 さしものあたしも、短期間に3回も切ったら気持ちがへこんでしまうんじゃないかな、と想像します。
 悩んだ末に温存を決意した結果がそれなんじゃなおさらですわ。

 だけどこれらはみんな、「あり得た」シナリオ。
 乳ガンを診断された人全部に起こりえることです。
 あたしはたまたまおっぱいの美容にぐだぐだこだわったために、偶然その事態を避けられたってだけのこと。
 
 ほんと、あらかじめわかってたらいいのに!
 切ってからわかること、切らないとわからないことのために、患者は気持ちも経済も体力も翻弄されるのです。

 そのうち医療技術が進んで、きっと切る前にわかることはもっと増えるでしょう。どこまで切れば安全か、きっちりわかって、追加切除って言葉がなくなる日が来るでしょう。

 その日が一日でも早く来ますように! 

闘病と闘ドジ 2

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 いやなことを考えたくない、要するに病気のことをわすれていたい、という心理から来る”選択的もの忘れ”ってのは、実は今でも続いているのですが(それでよくこんなものを書いてるな、と我ながら感心する)、そのほかにも物理的にドジ気味になる時期がありました。

 化学療法・・・つまり抗癌剤を入れている期間です。
 ひどかったわー。

闘病と闘ドジ

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 2005年の9月、しこりがガンであることがわかって、検査やら治療やらで、病院に行く事が生活の中に入り込みました。
 当然その分忙しくなります。
 手帳のスケジュール欄が、色とりどりになります。

 ところがですね。
 手帳にきちんとつけていて、カレンダーにも書き込みをしていますのに、あたしは医者に行くのをころりと忘れていたことがあります。それも複数回。

 乳ガン患者は”基本的には”けっこう元気に見え、元気じゃない時は、『治療中』であるからして、むしろそれは前向きな時間なんだ、っていう話のつづき。

 病気を持っている人が、見かけ上元気だったり元気でなかったりすることは、周りの人に多大な影響を及ぼします。

 周囲の人は病気の中身なんかについては、知らないし、くわしい話なんかされてもたいがい覚えられないでしょう?

 だから、その人を心配していれば、会ったりしたときに”元気”か”元気じゃない”かですべてを見てしまう、ということがあります。
 
 だけど、それだけで判断してますとね、けっこう誤解をしちゃうのよ

 医学ってややこしいじゃん?すぐ新しくなっちゃうし。
 素人って、当事者になるまで、あんまり調べたりしないから、病気に関しては、割と「誤解がいっぱい」、という状態なわけですよ。

 何でこんなこと書いているかといいますとね、ある人に、こんな質問を受けたからです。