2006年11月アーカイブ
●切ってみないとわからない
「切られてみなきゃわかんないじゃん」
突如としてあたしは思いました。
そしてすべてのことがこの、「そうなってみなければわからない」という事情によってややこしくなっていることに気がつきました。
そりゃそうでしょ。
たとえばだれかと結婚するとする。
その人は結婚後態度がころっとかわる”こんなはずでは 男”のたぐいかもしれない。
あるいは順調で金持ちのときはきは最高にいい夫だけど、挫折に弱いかもしれない。
ちょっと問題がある子供が生まれたらめそめそ男になってしまってはなはだ頼りないとか、失業して収入が下がったら愚痴愚痴男にへんしーん、などのことがあるかもしれない。
だけど問題のある子供が生まれるかどうかも含めて、人生何が起きるか、どんな事態においてその人がどんな力をもつか、持たないか、あらかじめわかることなんか、わずかです。
起きちゃったら、後戻りもやり直しもきかないのよ。
おっぱい事情もそれと同じ。
●しかしやっぱりいつでもできるわけじゃないのだった
「再建はいつでもできる」と信じたいのはやまやまなれど、医者が、それも自分の主治医がこれだけはっきり言っていることを無視して、信じたいように信じる・・・わけにはいかないよね。
そんなのってちょっと頭悪すぎだもんな、とあたしは思い、さらに人に聞いたり、本を調べたりしました。
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●「いつでもできる」の誘惑
つらつらぐるぐる考えている時に、メールで乳ガン関係の相談に乗ってくれるお医者さんをみつけました。
読み易い著書もある人だったので、ためしに再建のことも相談してみました。
すると、なんとそこには、放射線をかけたあとに、特に再建が難しくなるとは思わない、少なくとも自分の経験の範囲ではそのようなことはない、というお答えが書かれていました。
平たく言うと、あとから考え直せば、その時に再建できる!
万が一再発して再手術をした場合でも、その時に決心をすれば再建という選択肢がある!
ということになるではありませんか。
調べ物というのは、「ほんとにそうなの?」ということでした。
本当に、温存をしたら、もう「再建はあきらめなければならない」のかどうか。
2005年10月にガンだってことが確定して、12月には手術することになっていて、それまでの間に温存でいくのかどうか決心することになっていました。
それまでの間に、人に聞いたり、本を読んだりしました。
その時点で目を通した本には、放射線をかけた後の再建は「できなくなる」あるいは「大変むずかしくなる」と、はっきり書いてある本はみつかりませんでした。(もう少しあとで見つかったけど)
●放射線が再建を難しくする?
10月25日のエントリーのつづき。(間があいてしまいました)
さて。乳房の一部切除(温存)と全摘出&再建とを比べた場合、どちらがより自分の希望に沿った結果になるのか、というのは、そうは簡単なことではないな、と思いましたっていう話でしたね。
美容は主観も入るし、再発その他に関わる運も、医者の腕も、その後の自分の心の成り行きにも影響されるから、「希望に添った結果」は簡単には見えてこないのです。
簡単なことではないのですが、実は考える時間はあまりありませんでした。
今考えないとならない、告知を受けて、最初の手術を受けるその時点で、自分がどのように考え、感じる人間かを、ある程度わかっていないとならなかったのです。
なかなか「再建にいたる心情の話」に入っていけませんが、とりあえず抜糸後7日めの今の様子をメモしておきます。
わき腹の内出血の青タン赤タンによる”ユーラシア大陸”は、さらに位置が下がって、ウエストジャストの位置になり、大きさはオーストラリアぐらいに・・・・。位置も下になったからちょうどいいか。(意味不明)
ぱんぱんに腫れていた左胸は、今や少し小さくなり、でこぼこもほぼ消え、だんだん柔らかくなっています。