2006年9月アーカイブ

 失われた左のおっぱいは今再建の途中;つまり「工事中につきご迷惑をおかけします。ご協力ありがとうございます」という頭を下げたヘルメットのオジサンのステッカーがあったら貼っておきたい、という状態であることは、前にも書きました。

 おととい、この工事中の胸の中に入っているエキスパンダー(要するに皮膚を伸ばしてふくらみを包む余裕を作るための器具)に、最後の生理的食塩水が注入されました。

 これでね、来月はもういよいよシリコンバッグに替える手術を受けるのです。伸ばす過程は終わり。

 

 抗癌剤の治療の影響で、爪の色が変わっているのですが、それがもうじきなくなるところまで来ました。

 抗癌剤の点滴は、4クール受けたのですが、それ以降、爪にストライプ模様がついていました。

 黒い色が出現し、白い爪がはさまって、また黒い色が出て、白くなって・・・・4回分、それが律儀に繰り返されました

 黒い色が出る前に白い爪が現れるのを見て、あたしは「この白いところでは、抗癌剤が体から抜けているのだろう」と思っていました。

 だけど、そうではなかったみたい。
 抗癌剤が終わってから約3ヶ月、新しく伸びた爪はピンク色になっていたからです。

 そうよね。この色だった。
 白いところも、黒いところと同様に、抗癌剤の影響が出ているってことだったんだわ。

 この爪に、あたしはマニキュアなどはしないでいました。
 ずっと観察していたかったからです

 バウムクーヘンみたいで、結構面白い模様でした。
 このバウムクーヘン爪ともそろそろお別れです。

 病気ってのは、できたらお付き合いしないで済ませたい、ネガティブなものですから、簡単にネガティブな想念・・・心配や不安や怖れと結びつきます。

 偏見、思い込み、誤解、無理解、知識や勉強の不足による頑迷さなども、ティブな想念を加速します。

 病気に対処する時、そういうものは通常利益になりませんから、なるべく公平な見方、バランスの取れた知識、冷静で論理的な考え方を採用して、バイアスはぬぐっていこう、不要な心配と必要な心配を区別せねば、と、努力している・・・・つもりなのよ、あたしは。
 ええ、努力はしていますとも。

 しかしね、周囲の人間も含めて全部が全部いっせーのせ、でお利口さんなことばかり考えるようにはならないのですね。

 例えばすごくばかばかしいのですが、うちの母は聖路加国際病院にいわゆる”偏見”を持っていました。
 彼女は聖路加と聞くだけでなんとなく”いやーな感じ”、というものを抱くのです。


 この胸のしこりは「確かに乳ガンです」という診断がつきました。
 これで次のアクションが起こせます。
 まず手術する病院の決定です。

 セカンドオピニオンを下さったドクターは、「東京都内なら選択肢が色々ありますが・・・」とおっしゃいます。
 彼の基準で、彼が知っている、信頼できる先生がいることがはっきりしている病院ということです。

「埼玉県だとどうですか?」
「お勧めできるのは2つか・・・うーん」

 じゃ、都内だ。
 病気はもうチャリンコ圏内のレベルじゃないってわかったから。電車乗って通います!電車乗るなら30分でも1時間でも同じようなものだ
 そういう気持ちになりました。

「都心の、どのあたりまでなら通えますか?」
「家から1時間ちょっとかければ銀座だろうが築地だろうが行けますよ」
「そこまで通えるのでしたら聖路加国際病院を勧めます。放射線科を含め、何もかも揃ったチームになっています」

 それで病院は決まったんです。
 ドクターは、自分の家族が乳ガンにかかってもそこを勧める、自分自身が乳ガンになったとしても(男の人でもたまにあるそうで)そこにしたい、とまで言ったのです。

 「あー、だけど病院の決定については親族や友人で、何か意見する人はいるだろうな」とあたしは思いました。
 この辺の、病人の周囲の人間が持ってくる話の影響については、また改めて書きますが・・・。

 病気の経験者は、みんな「いい医者をみつけないといけない。相性も大事です」と口をそろえます。
 あたしもそう思います。

 だけど相性には実にいろんなものが介在します。病気の重さや難しさもからんでくるでしょう。
 ”いい医療”というものの総体は複雑です。

 【診断がつく】の項で述べたようなことを考えると、あたしは自分の運のよさに感謝せずにはいられません

 一週間後、診断結果を聞きに行きました。
 で。ここでガンだということが、はっきりわかったのです
 
 もうだいたいそうだろうな、と思っていたので「うー、やっぱりそうか。残念だ」というほどの感慨でありました。

 硬ガンという、かなりありふれたガンで、大小ふたつのしこりは、全く同じもの。”娘細胞”というんだそうです。

 親子だったのね。息子じゃなくて娘っていうのか。何で女なんだ・・・、おっぱいだから?

 その病院には定期健診に来ている人や、わたしのようにセカンドオピニオンをもらいに来ている人がたくさんいるようでした。
 施設は新しくて、すべてがぴかぴかして見えました。

 あたしはその日最後の患者でした。
 おそらく、お友達のお友達ってことで、そのドクターは時間を少し余計にかけても大丈夫なように、最後にしてくれていたのだと思います。
 ありがたい話です

 ドクターは若くて、熱心さが肩のあたりからもあーっと立ち上っているような感じでした。
 親切で暖かい性格であることがひと目でわかりました。
 ”友達の友達”であることから、少し世話話をしましたが、日本語がきちんと通じたので(通じない医者もいますんで)あたしはそれだけでもとても安心しました。

 乳ガン関係の本を開くと、「乳ガンは通常とてもゆっくりと進行する」という事が書いてあります。(例外もあり!ですが)
 あたしのしこりは2センチに満たないものでしたが、そこまでになるのに10年はかかっているはず、とも言われました。

 ええええ?そんなに長く体の中にあったのか、知らなかった、の世界です。

 友人が紹介してくれた乳腺の医師がお勤めの病院は、千葉にありました。
 こちらは埼玉ですので、ちと遠い。

 たぶん通う事はできないね、と家族と話し合いました。
 だけど、どこか通える範囲のいい病院を紹介してもらうにしても、この医師に会いに行って、診断をつけてもらうことは意義があるように思えました

 友人に書き送ったメール報告はその医師のところに転送されており、それに対する返信ももらっていました。

 そこには、今現在の乳ガン医療事情の問題と、それに対する憤りが書かれあったのです。
 文面から正義感があふれ出ているような感じでした。

 弟が、「なかなか熱い人だね。ここまで言うなら信用できるだろう」と言いました。
 「電車で行ける範囲なんだから、多少遠くても行って来たら?」と夫も言いました。

 予約を入れたら、数日後。
 ええ?まだ紹介状をもらってないぞ。

 

 検査結果を待つまでの間、あたしは友人の小児科医にくわしいメールを書き送っていました。検査結果についても、言われたことなどなるべく正確に書いて送りました

 その他も2、3、医学に携わるお知り合いに声をかけていましたが、一番”あてにして”いたのは、この友人です。

 あたしが彼に相談したのは、この人とのお付き合いが長くて、あたしの性格をよく知ってくれていることと、友人として立場が対等で、その人柄を心から信頼しているからです

 さて。もはやこの医者に手術などの治療をしてもらうことは100パーセントないな、検査だけだな、と決心した上で、あたしは細胞の検査の結果を聞きに、再び近所のチャリンコ圏内の病院を訪れました。

 1万円も払ったMRI検査の画像とか、マンモグラフィの画像とか、そういうのを借りて次の病院に持って行くつもりですから、最後までちゃんと礼儀は通した態度・・・要するに質問しまくり、で通します。

「検査結果が出ました」とドクターは言いました。

 結局あたしはMRIの検査結果を聞いたその日のうちに細胞とやらの検体を取ってもらって、その結果を一週間後に聞きに行くまでの間に、医者をしている友人などに連絡を取って、どのように動くべきか作戦を立てることにしました。

 で。
 細胞を取る、というのはどういう事をするのかというと、なにやら銃みたいな引き金が付いてる器具で、しこりのあたりを狙ってぷすっと刺して引き金を引くと、器具の方へと”中身”が吸い込まれてゆく、という仕掛けのものであるようでした。

 


 胸のしこりが見つかって、こりゃなんかでかいし、やな感じ、と思ったあと、とりあえず近所の、自転車でいける総合病院に行きました。

 初診受付で「乳房にしこりがある」と言ったら、『外科』です、といわれました。この病院には『乳腺科』はなかったのです。
 その場合は外科が担当になります。
 
 ここで一通りの検査をしました。
 マンモグラフィと超音波。
 たいして待たされることもありませんでした。
 病院は混んでいましたが、予約で1ヶ月待ち、などの極端なことはなかったという意味です。

 画像で”あやしい”(要するに良くない感じのものが見える)というので、数日後にMRIの予約も入れました。

 さらに1週間後、MRIの画像診断の結果、しこりの輪郭がぎざぎざしている(これもガンらしさのひとつ)と言われ、この時点で、あたしは「もうこの病院じゃないところでちゃんと診てもらおう」と決心しました。
 

 この病気の話をしますと、色々と質問をされます。
 その中で一番多い質問は何だと思いますか?

「自分でみつけたの?」
「どうやって発見したの?」
「定期健診していたの?」
 要するに発見に関する質問なんです。
 これは本当によく聞かれます。

 サイズを測って写真を撮った日、執刀をする形成の先生が、シリコンバッグもみせてくれて、「この、X型というのになります」と言いました。

 上の方が薄くて、下に向かって厚みがあるやつ。
 いわゆる釣鐘型のおっぱいです。

 おっぱいを測るときは、先生がモノサシを持っていて、家具売り場の人みたいにW(幅)いくつ、D(奥行き)いくつ、直径いくつ、などと言うのを、スタッフがカルテに記入していました。

 こういう数字と、見た目によって、いくつかの出来合いのシリコンバッグの中から、近い形を選ぶ、ということになっているわけですね。

 

 乳首と言えば。
 先日、水を入れたときに、クリニックのスタッフの人が気になることを言っていました。

 おっぱいを切除したあとの傷は、胸の上にヨコ一直線に横切っているのですが、その一直線の一部を指差して・・・・。
「ここ、この色は乳首が残っているんですね」と、言うのです。

 10月になったら、水入りのエキスパンダーをはずして、シリコンバックに入れ替える、という話の続き。

 この手術は、日帰りでできるのだそうです
 麻酔を使うから、少し回復室で休むことになるでしょうが。
 
 シリコンによる再建のメリットは、このように体の負担が少ない、ということろにもあります。

 シリコンバッグを入れてそれからのち、またしばらく胸を寝かせて(味噌の発酵みたいだが)形が落ち着くのを待ちます。 数ヶ月待つ事になるのかしら? 
 しかるのち、乳首を建設します。その予定です。(ふくらみができた時点で満足して、乳首を作らない人もけっこういるらしいですが)

 エキスパンダーが入った胸は”固い”って話の続き。

 今、左胸には270ccの水が入っているんですわ。
 正確には270ccの水で膨らんだバッグ、です。あとたぶん30cc 足すことになると思います。

 乳房を切り取ったときに、皮膚も切ってますし、皮膚が足りないから伸ばすんだろうな、たぶん。
 皮膚って伸びるんだよね
 そりゃそうだ。
 太ればその分体の表面積は増えるもんね。
 妊娠した時もうにーっと伸びていたし。だけど縮んだし。
 
 すごいわ。皮膚って。融通がきいて

 で。
 いっぱいいっぱいに伸ばされた胸に、何かがぶつかったりすると、鈍く痛い!です。

 クッションとしては、柔らかい脂肪にくらべると、あんまり優しい感触ではないからね。直接衝撃が”どうん”、とくる感じです。

 電車の中なんかで、人に胸がぶつかったりすると、たぶんホンモノの胸ならふわっとか、ぽよん、とかぷりんとか、まあとにかく柔らか系の感触を”与える”であろうと思います。(だよね?)